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Horror House カンパニー EP6

 祭の会場となる神社はすぐに見つかった。
 受付の女が言った通り、神社は何かから隠れるように、ホテルの後ろにひっそりと建っていた。 
 ぼうぼうと勢いよく生えた草木の中にある色あせた鳥居をくぐり、階段を上る。尋常じゃない湿度に息が上がった。時刻はまだ18時前で空は明るいが、うっそうとした木々の中は、じめっと暗い雰囲気が漂っていた。
 はぁ、キツい。半年間、怠けた生活を送っていたからなぁ。
 階段を少し上っただけで息切れした。
 ちょっと運動しないと。
 敦は息を切らしながら祭会場となる神社へ足を踏み入れた。
 あれ? 祭の会場ってここでいいのか?
 静まりかえった敷地に、大きくない神社と、小さな小屋があるだけ。
 提灯ちょうちんが所々にポツンポツンと、飾ってある。
 飾りってこれだけ? 
 キョロキョロと周りを見渡すが、敦が知っているお祭りの雰囲気は一切感じられなかった。
 屋台とか出てて、リンゴ飴とかさ、綿菓子とかもっと賑やかな雰囲気だろ。っていうか、蟲封じ祭って言ってたけど、まさか虫を食べたりしないだろうな。
 敦は自分で想像しておいて、オエっとなった。
 背負っていたリュックが重く一度下に下ろす。

「お兄さん、何しているの?」

 急に背後から声をかけられ敦は思わず「うわっ」と声を出しその場で飛び跳ねた。
 後ろを向くと、薄汚れたワンピース姿の少女がニコニコして立っていた。        顔色も悪く、髪の毛も乱れている。
 なんとなく全体に、どろっとした雰囲気がした。目が真っ赤でどこか病気なのかもしれない。
 ふと、視線を下げると、ニコニコしているのにワンピースの裾をぎゅっと握りしめている少女の手が見えた。その手は小刻みに震えている。なぜか爪には泥がびっしりとついていた。
 この子、トイレでも我慢してるのかな。
 もう一度キョロキョロしてトイレを探す。
 いや、地元の子ならトイレの場所くらい知ってるか。
 そうだ祭のこと聞いてみよう。
 少女に目線を合わせるために敦はその場にしゃがむ。

「えっと、今日ここでお祭りがあるって聞いて来てみたんだけど」

 女の子は、ぼうっと立っている。敦のことはもう見ていない。
 しばしの沈黙の後に

「そうなんだ。きっとみんな集まってくるねえぇえ」

 目を見開いたまま少女はそう言って動かなくなった。
 口の端から、つうぅぅっとよだれが垂れている。
 えっと、これってやばい感じ? ドラッグとかやってんのかも。
 敦は俊敏に立ち上がり、リュックを持ち上げ、そっとその場所から離れようとした。そのとき、腰に何かが触れた。敦が恐る恐る後ろを見ると、古びた縄に触れていた。
 なんだよ、この縄。
 よく見ると、そこには古びた縄が四角に張ってあり、お札のような物が四隅についていた。
 ここの中に入るとヤバいんじゃないか?
 変な汗が背中にしたたり落ちてきた。
 あんな怪談話、作り物に決まっている。
 でも……もし、本当だったら? リュックを握る手に力が入った。
 ガサガサガサ。
 神社の奥から音が聞こえてくる。拝殿からだろうか。誰か他に人がいると思い、敦は小走りで音のする方へ走り出した。
 その場所は日頃から日の当たらない場所なのだろう。土はぬかるんでいる。落ち葉が重なり合い、腐ったような臭いが鼻についた。日陰になっている付近に目をこらす。何やら人が四つん這いになっているようにも見える。

「あの……」

 その『人のようなモノ』は声に反応し、四つん這いのまま敦の方に向かってきた。
 あまりの速さに敦は驚き固まる。目を開き立ち尽くしていると、その人は敦の前まで来て、すっくと立ち上がった。

「いやぁ~悪いね。久しぶりに美味しい食事をしてたもんでぇええええ」

 頭部が薄く貧相なおじさんは、口の周りに泥をつけたまま、手に持っていた葉っぱを、ぬちゃぬちゃと音を立てて食べ出した。さっきの少女と同じく目は赤い。
 ヤバい……。
 たぶんきっと、ガチでヤバい。逃げた方がいい。本能的にそう感じた。
 敦がすぐさま帰ろうと、後ろを振り返ると、さっきいた少女の他に、男の子や老婆、小さな子供、中年の男……10人以上はいるであろう集団に囲まれていた。みんなうつろな顔をして、じっとりとした目で敦を見ている。その目は異常に赤かった。
 この場から離れなくては、そう思った瞬間、目の前が真っ暗になった。



「……あの、大丈夫ですか……」

 ズキズキする頭をさすりながら目を開けると、敦と同じ年頃の眼鏡をかけた男が心配そうに見つめていた。

「あ? えっと、ここどこですか」
「神社の中です。あの集団、蟲たちにやられたんでしょうね」
 眼鏡の男は声をひそめながらも、はっきりと言った。

「人? 虫? 虫にやられたって、なんのことですか?」
「この集落の蟲ですよ。あなた、なんでここにきたんですか?」
「いえ、祭に参加しなきゃならない事情があって……仕方なく」

 予備知識も事前情報もなしに、敦が祭に強制参加が決まったのは昨日のことだ。ホラーハウスカンパニーの事務所を訪れてから、まだ四十時間もたっていない。場合によってはこの祭が終わったら退職願を出すかもしれないし。祭に参加する経緯をどこまで説明していいものやら考えあぐね、もじもじしていた。

「もしかして、何も知らないで参加したんですか?」
「えっと、まあ、そうですね。あ、三浦っていいます」
 敦の言葉に男があきれた顔をした。

「私は時郡じぐと言います。新聞記者です」
「……じぐ?」
「そうですよ。時郡じぐと言います」
 時郡じぐは大きくため息を吐いた。

「カム様って知っています?」

 その言葉を聞き、敦の心臓がドキンッと跳ねた。
「え? はい……でも、それって噂話ですよね」
 時郡じぐはゆっくりと首を横に振った。
「どんな風に聞いているか知りませんが、カム様についてはかなりの部分が事実です」
 噛みしめるような時郡じぐの言葉に、ぼんやりしていた意識がクリアになっていく。
 昨日の昼間、怪談師ジェイミーに聞いた話が脳内に甦り、こめかみに冷たい汗が流れた。

「ここでは実際に人が消えています。しかもその人は最初から存在しなかったことになっているんです。誰もがその人のことを覚えていないんですよ」

 今さっき聞いたばかりのように、ジェイミーの声が木霊こだまする。
『――みんなの記憶から消えてしまうまでは――』

「僕の身内が以前ここに遊びに来て失踪しました。でも、ここの人たちはそのことを誰一人として覚えていないんです。もちろん僕は忘れませんでした。その理由はわかりません。もしかしたら、僕がここの住民じゃないからかも。僕は納得いかなくて、ずっと調べてきました。だから今日、ここへ来たんです」

「お祭りの日に来たってことですか?」

「そうです。今日は十二年に一度の特別な夏至で、蟲に魂を取られた人が姿を現すと聞いています。その人たちのことを、人蟲ひとむしって言うんですよ。この日だけ、日没までの間は人として意識があるようで。でも、夜になると、蟲になって凶暴化するようです」

 敦はまじまじと時郡じぐの顔を見つめた。
 至って真面目そうな青年で嘘をついているようには見えない。実はドッキリでーす! って、怖がっている敦を驚かそうとホラカンの先輩たちが用意した仕掛け人なら良かったのに。その可能性は限りなくゼロに近そうだった。
 暑いはずなのに、二の腕に鳥肌が立つ。

「この日を狙って連絡を取り、取材としてやって来ましたが、住人に話を聞いている途中気を失ってしまって。三浦さんより先に気がついただけで、同じように気がついたらここに運ばれていたんです」

 敦は周囲を見渡した。
 床も壁も古い板張りで出来ている狭い部屋だ。室内には明かりはなく、正面にある頑丈な格子状の扉の向こうから、うっすら光が入り込んでいる。天井には何かの絵が描かれているみたいだけれど、暗さに加え絵が消えかかっていて、絵の正体は分からない。
 背後には二段の棚があり、上の段には曇って何もうつらない丸い鏡が置かれていた。その奥には、木製の雨戸のような扉があり、今は閉じられている。
 ここは、神社の拝殿?
 黒いリュックは敦のすぐ脇に置かれていた。
 後頭部がズキズキするだけで、手足や体の他の部分に怪我をしているところはなさそうだ。
 時郡じぐが「あそこ」と小声で正面の扉を指刺す。

 さっき外で見た集団が扉の前で体を寄せ合い固まった状態で下を向いていた。クチャクチャと変な音がその集団から聞こえてくる。

 む、無理無理無理!!
 
 そばに落ちていたリュックを手に取り顔を埋めた。耳を澄ますとカサカサと虫の這う音が聞こえてくる。今まで気がついていないだけで、そこら中に虫がいるのかもしれない。敦は顔を上げて周りを見渡すが、薄暗くて様子がよくわからない。

「僕はもっと調べたいことがあるんで」

「え? ここから出られるんですか?」


 どう見ても、あそこの集団の中を通り抜けないと外に出ることは難しいと思う。でも、何か外に出られる方法があるなら、是非ついていきたい。

「何か調査で判明した秘策とかあるんですか? 」

「いえ、そういうものはありません。今は動きがにぶいみたいなので大丈夫かなと」

 えっと、それって絶対立てたらダメなフラグでしょ。いやもしかして、ダメフラグに思わせて、実は大丈夫だった的なやつかもしれない。新聞記者の言うことだし、ここは信じた方がいいのか?

 時郡じぐが立ち上がろうとしたとき、ピョロロロ~っという奇妙な笛の音が聞こえた。扉の近くに集まっていた蟲、と言われた人たちがゆらゆらと揺れながら左右に割れる。その間を通って、真っ黒いマントのようなものを着た黒装束の集団が姿を現した。
 ガラガラっと大きな音を立てて格子の扉が開く。そのまま拝殿の中に入ってくると、先頭にいた神妙な表情の中年男が、奥に向かって頭を下げた。

「無事にこの日を迎えることができました。十二年に一度こうして決まりを守って儀式ができることに感謝します」

 顔を上げると、後ろの者が差し出した皿を受け取る。皿には何か白っぽい物が盛られていた。棚に供えるのかと思ったら、それをオレと時郡じぐに向けてぶちまけてきた。

「ヨイッショー!!」
先頭の男が大声を上げる。

「ヨイッショー! ヨイッショー!」
続けて黒装束の集団も声を上げた。

とっさに目をつぶり顔を手でかばうが、パラパラとした小さな粒を頭から思いっきりかぶってしまった。
 ん? なんかしょっぱい?
 床を見ると米粒が散らばっている。ぶちまけられたのは、米と塩?
 と、男たちが二度柏手を打った。
 このやり方が、ここのお祭りの儀式的なやつ?

「今回は特別に村から犠牲者を出すことなく、儀式を行うことができる」

 先頭の男から、哀れんだような顔を向けられた。
 その顔に、なぜか、背筋がゾッとする。
 
 に、逃げなきゃ。本能的にそう感じた。
 ガクガク震える足に力を込める。

「あのぉ、すいませーん! 人を探してるんですけど」

 時郡じぐが突然大声を上げた。
 え? ここで声出しちゃ駄目だよね。
 この人空気全然読めない系の人? さっきまでこの人に頼って一緒に逃げようとしていた俺の考え、間違ってたってこと?
 驚愕した顔で敦は時郡のことを見た。
 なぜだか彼はうっすら笑っている。
 敦が困惑していると、黒装束の集団が近寄ってきた。突然、素早い動きで羽交い締めにされ、敦も時郡も身動きがとれなくなった。
 さっきしゃべっていたボスと思われる男が二人の顔をじっと見つめる。懐中電灯で顔を照らされ相手の顔はよく見えない。

「なんだ、こいつは使えないな。まぁ、一人いれば十分だ」

 男は嬉しそうに笑い「儀式の準備を」と声を上げた。
 敦はライトに照らされた時郡じぐの顔を見ようと横を向く。
 薄い茶色の眼鏡の奥に、赤い目が敦を見つめ、薄ら笑みを浮かべていた。
 二人組が時郡じぐを床に放り投げると、ニヤニヤしながら四つん這いになって素早く逃げて行った。




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