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eps.14 画面の中の物事と現実

近年インターネットやSNSが発達し、ありとあらゆる情報に触れることが出来る時代になりまして。
それと同時に多くの人が画面の中の世界に入り込む時間が増えたかのように思えます。それは果たして、人間的にどうなんだろう?そう思ってこの文章を書き始めました。(堅苦しい。。。)
はい、で、そうなんです、もう画面の中の世界に取り憑かれすぎて個人的にだいぶしんどいんです。仕事柄画面を見続けることが多いし、勉強として多くの映像作品を未漁ります。ので、結局画面の中の世界に取り憑かれるんです。
でもこれは今に始まった話ではなくて、小学校の頃、ひたすらにゲームをやり続けた記憶もあります。ゲームも画面の中の世界です。時間が溶けます。(今は全くゲームをしないので分かりませんが)

現代人の性(画面)

画面を見るという行為は、もはや文化というより遺伝子レベルで侵食されている行為だなと感じています。
このデジタルの発達によって失われつつあることは、人間にとってものすごく大きなことなんじゃないかと感じています。もちろんその発達で進む良い事はいっぱいあるとは思います。(世界中の頭のいい人がフル回転で色々やってるからそりゃいいようになってくもんでしょう)
けど、けどね、失われていくものって、人間にとって大きな大きな物だったりすると思うんです(2度目)。
その一つは時間。画面に取られる時間じゃないかと僕は思うんです。何をしたらいいかわからないから、とりあえずyoutubeを見てみるか。とか、待ち時間暇だからSNSみるか、とか。僕もしてしまう行為が、なっかなか現実世界に引き戻してくれないということありません??画面に取られる時間と心、なんか切ないなと思います。
確かに「憧れの景色」がすぐ見れたり「憧れの人」がすぐ見れたり、誰かがどこどこへ行っているのを簡単にSNSで見れたり、知った気になれたりするのは良くも悪くも便利?なのかもしれないけど、なんかそれって自分の人生を生きている気がしないんです。ちょっとそれは言い過ぎかもしれないけれど、要は、画面の中のものが全てにならないような生き方を選んでいってほしいなと思います(自戒含む)
画面の中のものに触発されて現実で行動に移す(悪いこと以外)。ある種のきっかけを拾う分には申し分のないツールかと思います。で、僕らのやること(映像や写真を撮る行為)はその画面の中に多くのきっかけを提供する行為だと思います。これに関しては、下記記事を見てもらえればわかるかと。


現実

じゃあどうしたら画面の中と現実を切り分けられるんだろう??って考えた時に、画面を見る時間が無いほどに現実世界で動き続ければいいんじゃなかろうか??と。当たり前のことではあるんですけどね。頭ではわかっているけど、何をどうしたらいいのかわからない。だから画面の中でその答えを探る。悪循環だ。。こればっかりはどう抜け出したらいいかわからないけれど、一つ言えるのは、新しいコト、場所、人に会いにいくことを意識的にしていくことなのかなと。
現実世界をもっと自分の目で見て、肌で感じて、心を躍らせる。今のところこれしか自分には思いつかない!!ので、これがまとめになります。笑
画面の中の世界と現実の世界、ごっちゃにならないようにしていきたいなと思っています。

では、また!!


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