見出し画像

【創作】鈍感部下にレモンの酸味を

レモンからどことなく女の匂いを感じる。冷蔵庫から取り出された使いかけのレモン。くし形にカットされているのが明らかに怪しいぞ。これは自分で使ったんじゃない、きっと女のために使ったに違いない。

「別れた彼女がレモンが好きなんです。先日うちに来た時にレモンを使ったんです」

悪びれるそぶりもなくそう言えるのがお前の長所でもあり短所だ。そういう空気が読めないところを仕事でもよく注意しているだろ。だがお前のそういうところ俺は素敵だと思っている。
いやでもちょっと待ってくれ。別れた彼女が部屋に来ただと?それは一体どういう状況なんだ?まさか復縁か?それとも体だけの関係か?いやお前に限ってそれはないな。そんな器用に割り切れるヤツではない。

「なんとなく別れてからもたまに会うんです。友人関係ってとこですかね。それに向こうは結婚してますからそんな関係ではありません」

結婚をしているだと!!
結婚している別れた彼女を部屋にあげるなんてなにを考えてるんだ!「そんな関係ではありません」は通用するわけないだろう!行為があるとかは関係なく世間から見るとそれは不倫関係と言うんだ!お前は何やってるんだ!おい!真顔でレモン絞ってる場合じゃないないだろ!だがその顔……実に素敵だ。

「彼女がこのパスタを好きなんですよ。最後にこうやってレモンを絞ると…とてもいい香りじゃないですか」

ああ、なんて良い香りなんだ……その彼女がレモンを好きになるのも頷ける。そうか、お前は彼女にこのパスタを作ったんだな。なんだか食欲がなくなってきたな。だがお前の手作りパスタはやはり食べたい。おい、そんな真っ直ぐな瞳で見てくるんじゃない。「熱いうちにどうぞ」なんて言ってる場合じゃないんだ。そもそもなぜ俺を部屋に上げたのか?期待していいのか?

「永沢部長が僕の料理を食べてみたいと言われるので。期待されていた料理ではなかったですか。まさかレモンはお嫌いでしたか?申し訳ございません」

一体この鈍感部下の頭の中はどうなっているんだ。俺がお前の料理目当てでノコノコと部屋ここにやってきたと本当に思っているのか。おそらく別れた彼女もパスタを食べに来たわけじゃないだろう。お前を求めてこの部屋に来たんじゃないのか。だがきっと二人の間には何もなかったんだよな。多分お前は彼女の気持ちに気付かずに「レモン要る?」なんて呑気に聞いたりしてるんだろ?そこは「俺、要る?」と男らしく言ってやれよ。ああ、何でこんなに俺の気持ちが分からないんだ、お前は。……うお!このパスタ美味いな!!

「でしょう!最後のレモンの酸味がいいスパイスになっていて味を引き締めているんです。気に入っていただけたようで良かったです!」

章……本当にお前はいい顔で笑うなぁ。ずるいヤツだ、何もかも許してしまう。章、俺はお前が好きだ。そしてこのパスタも好きだ。本当に美味い、美味過ぎて泣けてくる。レモンの酸味が本当によく効いてるよ。

「え?泣くほど美味しかったですか?よかったらまた食べに来てください。レモンは常にストックしてあるのでいつでも大丈夫です」

ったくよぉ、そのレモンは誰のためにストックしてんだよ。俺にそういう事を平気で言うんじゃないよ。鈍感部下め、レモンの酸味でちょっとは目を覚ませよ。
よし、今日はもう帰ろう。今の章の目に俺は映っていない。だがいつの日かきっとお前を振り向かせてやる。絶対に「部長が要る」と言わせてやるからな!

「お疲れ様でした。またよろしくお願いします。お気をつけて」


食後のコーヒーを断って俺は部屋を後にした。
缶ビールでも買って帰ろうかと思ったが、口の中に残るレモンの酸味を消したくなくてそのままタクシーを拾った。


おしまい


🍋🍋🍋🍋🍋🍋🍋


あやしもさんの素敵な作品のスピンオフ……ですが、ふざけ過ぎているのでマガジンにはいれなくて大丈夫です。

他のスピンオフ作品はめちゃくちゃ素敵なので是非お読みくださいね!


#あやしもさん
#レモン
#永沢部長
#まさかのBL
#おっさんずラブ
#何書いてんの


いいなと思ったら応援しよう!