M29と呼ばれた男 第11話

その機械はテレビのリモコンに似ていた。
いや、ガワそのものはテレビのリモコンそのものだった。
1から9までのチャンネルのボタン、上下の矢印が書かれた音量調節ボタンとチャンネル変更ボタン、そして左上にぽつんとある真っ赤な丸い電源ボタン。
おそらくはどこの家庭にもあるであろう、一般的なテレビのリモコンだ。
男は、金庫から大事そうにそれを取り出した。
「これが俺たちが開発した、画期的な装置だ」
男はUMP45と416に銃を突き付けられながらも、どこか誇らしげな笑みを浮かべている。
気に食わない。まるでイカサマを使ってジョーカーを手に入れたような、そんな顔をしている。
その切り札が何であれ、二体の自律人形に銃を突き付けられている状況を覆せるはずがない。
「さっさとそれを頂戴」
俺と同じく男のニヤケ面が気に食わないのか、UMP9がリモコンを奪おうとした。
男はひょいとリモコンを振り上げるように手を動かして、UMP9の手を躱す。
「待て待て。その前に、これが何なのか知りたくはないか?」
「言うなら早くしてよ。さっさと帰って寝たいんだから」
今までずっと静観していたG11が言った。この男一人にここまで手間がかかっているのが気にいらないのだろう。同感だ。
「いい加減にして」
416が男のこめかみに銃口を押し付ける。
「うちの研究部門なら三秒で解析できる。こいつの口から聞く必要はないわ。さっさと連行しましょう」
「そうか?だったら実際に使ってみるしかないな?」
「どういう意……」
言いきる前に、416の身体は床に崩れ落ちた。
男の右手の親指が、リモコンの赤いボタンの上にあった。
『電源ボタン』だ。どういう仕組みか分からないが、このリモコンは自律人形を制御できるようだ。
俺の反応よりも早く、UMP9、UMP45、G11、が男に銃口を向けるが、男の動きはそれよりも素早かった。
西部劇のガンマンのような早撃ちでリモコンを操り、三体の自律人形に向けてボタンを押していた。
まさに糸が切れた操り人形。三体の身体はがくんと崩れ落ち、床に横たわった。
「おっと、お前を忘れていた」
俺がホルスターからマグナムを抜くよりも早く、男はリモコンを俺に向けた。
強烈なめまいが俺を襲った。足に力が入らず、酔っぱらいみたいな千鳥足になって立っていることすらままならなくなる。
右腕がマヒしたように動かなくなり、銃が抜けない。
男は自らの足に刺さったままの高周波ナイフを引き抜いた。みるみる血があふれ出るが、その事を少しも気にしていないようだ。
男は俺の腹に蹴りを入れた。いとも簡単に、床に転がされる。重量も筋力も生身の人間とは段違いなはずなのに、まるで子ども扱いだ。
「やはり首から下は自律人形か。それなのにまだ意識がある。改良が必要だな」
男は俺に馬乗りになり、ナイフを両手で持つと、俺の顔めがけて振り下ろした。


かろうじて左手が動き、男の腕を止めた。ナイフの先端が眼前数センチのところで震えながら止まった。
「お前は……なんだ……?そのリモコンは……?」
力が拮抗する中、かろうじて出た言葉に男は笑う。
「今、この世界で戦場を支配しているものが何か分かるよな」
正規軍が採用している、無人兵器の数々を思い浮かべる。
「あの大戦、次々に生み出された無人兵器は瞬く間に戦場を覆いつくした。まるで人形劇のようにな。戦場は本当の意味でチェスの盤面になった。だが、その盤面をひっくり返せるものがあったとしたら、どうだ?」
リモコン一つでテレビを付けたり消したりするように、無人兵器を機能停止させる兵器。そんなものがあったら、戦場はどうなってしまうのか。
「効果は実証された。これから、電波塔を建ててこいつの範囲を拡大するぜ。楽しみだなあ。気分次第で戦火を点けたり消したりしてな、きっと楽しいに違いねえ」
男は倒れたままの404部隊に目を向ける。
「お前を片付けたら、あいつらを使ってやるとするか。見たところ、一級品の自律人形だ。あんな廃棄物どもなんかとは比べ物にならねえ」
倉庫の床に横たわる自律人形が頭をよぎる。人体模型じみた自律人形。醜い姿をレインコートに包んだまがい物。
あれらはただの人形だ。物だ。人じゃない。それでもなぜか、理由のない怒りが湧きあがる。だが身体に力が入らない。
男はナイフに更に体重をかける。
「死ね!死にぞこないが!死ね!」
俺の左腕が押され、ナイフの先端が額に触れる。あと少し力のバランスが崩れたら、ナイフは俺の骨を簡単に貫いて脳を破壊するだろう。
万事休す、と思った時だった。マヒしていた右腕が動いた。少しずつだが、脳が現状に適応するかのように、ゆっくりと右手は動いた。
右手をマグナムのホルスターに伸ばす。
男はナイフに全力をかけることに夢中で、その事に気づいていない。
「ハアーッ!ハアーッ!しつこいぞ!死ねよ!死ね!死ね!」
俺はマグナムを抜いて、男の胸に押し付けた。
「自分のケツでファックしてろ」
引き金を引いた。銃声。男の胸にぽっかりと穴が開き、どうと倒れこんできた。
口はぽかんと開き、目は見開かれている。なぜ自分が死んだか分からない、といった顔だ。それを理解することは永遠にないだろう。
男を押しのけ、倒れたままの仲間の元へ走る。
「おい、しっかりしろ!おい!」
脈拍を取ろうとUMP45の腕をつかみかけて、手が止まる。
何をバカな、自律人形に脈拍があるはずがない。人間とは違う。
ではどうすれば、彼女たちがまだ生存していることが確かめられるのか。
そもそも、自律人形の生存の定義とは何なのか。
答えを出せず、無線機に手を伸ばす。
「ピークォド!ピークォド!こちら404!404!緊急事態だ!至急回収してくれ、座標……」
輸送ヘリに怒鳴りつけるような救助要請をしながら、目の前に転がる404部隊の面々を見て、戦友を殺された時の気分を思い出した。
いくら布を重ねても止まらない血。焦りが神経を逆立たせる。渡せるはずのない故郷の家族への形見の事をうわごとのように話し、俺には悲しみと虚しさだけを残して事切れて行った、かつての戦友たちの事を思い出した。

【続く】

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