ガルシアの首を見ないでメキシコは語るな
『ガルシアの首を持ってこい。100万ドルくれてやる』
俺だ。コセン・ニンジャだ。時間がないから手短に話す。漢の美学とは何か。それは人によって違う。ある人は、信念を貫く強い心。ある人は、弱者を助けて受けた恩は忘れない義理堅さ。ある人は、反社会的なアウトロー。そう語るだろう。このガルシアの首で示される価値観は、そんな綺麗事ではない。どん底のピアノ弾きが、愛おしい情婦と共に新たな生活を夢見て、そして死ぬ。それだけの話だ。だが、そこに秘められたひりつくような感情。そして燃えカスの灰のように、ただ風にもてあそばれるだけの登場人物たちの姿を見ていると、この映画が単なる映画以上のものに見えてくるのだ。今日はそんな映画『ガルシアの首』について語ろう。
メキシコ。みんな知っている通り、メキシコはやばい。通りを歩けば、銃撃戦に巻き込まれたり、ラマに蹴られたりするし、バーボンあおりながら自動車運転するやつがそこら中にいて、いつ轢かれてもおかしくない。だが、この映画の中のメキシコは比較的穏やかだ。アパートの階段の踊り場で遊ぶ子供たち、道路で牛の群れを連れて歩く男、乾いた地面に火をおこしてとうもろこしを茹でる農民。当時のメキシコの日常生活を切り取ったかのような平穏さが、この映画の中に横たわっている。そんな平穏さのどん底でくすぶっているのが、主人公のベニーだ。ベニーは元軍人だが、今はバーでピアノを弾いている。数ドルのチップと狭いアパート。そんな彼の元に、知り合いのガルシアの居場所を聞きに来た二人組の男がやってくる。ガルシアはメキシコの大地主の娘を妊娠させたために、その首(DEADorALIVE)に100万ドルの懸賞金がかけられているのだ。それを知らないベニーだが、そこに金のにおいを嗅ぎつけ、恋人で情婦のエリータにガルシアの居場所を聞くが、彼はもう死んでいたのだった。ベニーはガルシアの首を求めて、エリータと共にガルシアが埋葬されている彼の故郷へと向かうのだが、100万ドルを求めているのは彼らだけではなかったのだ…というのが大まかなあらすじだ。だが、皆さんが知っての通り、映画は実際に見ないとよさが分からない。ネタバレされただけで映画が台無しでつまらなくなる。と考えている奴らは、シックス・センスのラストをネタバレされただけで、恐怖に陥り、ネタバレアレルギー反応で錯乱し、喉を掻きむしりながら外に飛び出し、メキシコの大通りで銃撃戦に巻き込まれて勝手に死んでハエがたかる。あなた方はそんなファック共とは違うはずだ。なら、この映画に生々しく刻まれた、過酷で苦い漢の価値観を肌で感じられるはずだ。ぜひレンタルするなりして、見てほしい。
『人間は平穏に安定した生活をすることを本能的に求めるようにデザインされている。身の程知らずな夢を見ることは、自分の人生を鎖で縛りつけるようなものだ』そんなファックな言葉がある。出典不明だ。ベニーもそんな夢をみるシーンがある。ガルシアの故郷に行く最中、晴れやかな日の中、ベニーはエリータを隣に乗せて車で走っている。ベニーが酒を飲む横で、エリータはギターを弾き、途中トラックと事故を起こしそうになったり。そんな楽しいドライブ。辛い人生の中のわずかな幸福。そのあと、昼になって彼らは木陰に座って、弁当を広げる。そしてベニーはこう語るのだ。「金を手に入れたら、どこか遠い島に行こう。それで、日曜日に結婚しよう」だが、エリータは悲しげに言う。「いつもそう言うじゃない」と。いつか結婚しよう、結婚しよう、と言いながら、ベニーは逃げ続けているのだ。でもベニーはこう言う、ガルシアの首の100万ドルがあれば俺たちは幸せに暮らせるんだ。金さえあれば、幸せになれるんだ。と。しかしエリータは願うようにこう言う。「私の歌があればお金なんて大丈夫よ。それより、私はあなたと一緒にいたい」と。だが、ベニーはガルシアの首を求めることを選び、そして全てを失ってしまうのだ。言っておくが、これは夢破れた男が権力と金にもてあそばれた悲劇ではないと思う。どん底の生活ので、100万ドルという希望の光を見た時に、どこかでエリータと幸せに暮らすという自分の夢を見つけた男が、それを叶えるためにあがきにあがき、そして全てを失う。自らの夢、希望、愛する者。そしてベニーは悟るのだ。ガルシアの首にかかわってしまったばかりに運命にもてあそばれた者たちの姿を。その元凶にベニーが復讐する。そんな物語だと思う。
最後に。この映画は面白い。メキシコのひりつくような空気と、その中で生活する素朴な日常。デスペラードみたいに、ギターからミサイルをだしたりすることはないが、復讐の鬼として覚醒したベニーの銃捌きは一見の価値ありだ。退屈で閉塞した日常。そんな日常の風景に、一人の男の生き様を刻みつける。この映画にはそれを成すに十分すぎる力があると俺は思う。
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