M29と呼ばれた男 第1話

正月に対戦術人形用の地雷を踏んでから、散々な日々だった。
ちょっとした偵察任務の最中に、正月休みが無いことを愚痴った天罰が下ったようだ。
医者が言うには、両足と両手がちぎれ飛び、胴体の60%が第三度の火傷、つまりは黒焦げになったらしい。
ショック死していなかったのが奇跡だと言っていた。そうさ、俺はいつだってしぶといんだ。
バカな中学生のガキどもが発端になった、あのクソみたいな第三次世界大戦を目立った怪我もなく生き延び、戦歴を持って、そこそこの戦術人形の製造メーカーであるI.O.P社お抱えのPMCに雇ってもらい、飯に困らずに済んだ。
手足が吹っ飛んだくらいがなんだ。さっさと義手と義足をはめて退院だ。
「いつ復帰できるんだ?」そう聞いたら、医者は困ったような顔をして病室を出ていった。
入れ替わるように枕元に現れたのは、見るからにビジネスライクそうなスーツ男だった。つまりは俺の雇い主。
I.O.P社の幹部様だ。
「どうも、敬礼できなくてすみません。ごらんの通りでして」
他人から見たら、ミミズか芋虫のように見える体を、もぞもぞと動かして敬礼の代わりにする。
「いえ、構いません。今回の事故の件、ご愁傷さまです」
事故、と来たか。幹部様はジョークが上手いな。
「事故?ただの足元不注意ですよ。俺の過失です」
「いえ、事故です。先日起きた、燃料の爆発事故によってあなたは死亡したんです。そういうことになりました」
「…は?」
訳が分からない。表情の変わらない冷血スーツ野郎の顔を見ていると、雇い主はビジネスバッグの中から一枚の資料を取り出してこちらに見せてきた。
「『FBPD計画』。分かりやすく説明しますと、生身の体を戦術人形の体に入れ替える。ということです」
「それが何になるんだ?」
「昨今、PMCの業務の大部分は戦術人形に委任されています。あなた方のような『生身』の兵士はほとんど戦力として数えられていません」
このスーツ野郎の言う通り、PMCの業務における戦闘分野のほとんどは戦術人形が担当している。
人間をはるかに超える反応速度、機械じみた射撃の命中率、飯を食わなくても数日間ぶっ通しで作戦を実行できるスタミナ。
単純な戦闘能力では、人間が対抗するのは難しい。
それでも人間の兵士の方が、雇い主とのコンタクトや、『生身』の人質の救出など、コミュニケーションを必要とする業務では必要とされる。
まだまだ人形共に職を奪われる立場ではないってわけだ。
「だからなんだ?これを機に、すっぱりと契約を破棄したいってか?」
「いえいえ、むしろ我々としては契約を更新させて頂きたいと思っていまして」
「更新?」
スーツ野郎は、二枚目の資料をみせてきた。そこには、人間の体を戦術人形に入れ替える過程がこまごまと描かれていた。
「出来の悪い人体模型だ。404部隊ってのは?」
「それは転属先です。最後まで読んでください」
スーツ野郎に言われた通りに目を通す。生物学には詳しくないが、生身側は頭部のみを残し他の部位は切除、頭部は戦術人形のボディに接続させるようだ。まるでアンパンのヒーローだ。見るからに痛々しい。
こんな風に改造される奴に同情するね。
どんどん読み進めていくと、一番下には俺の名前が書かれていた。だが、サインをした覚えはない。
つまりこれは…
「俺を、実験台に、するってことか?」
怒りよりも恐怖が先走り、声が震える。
「そうです。我々が求めるのは、『生身の判断力と戦術人形の戦闘能力を持った兵士』です。
ちょうど先日、実験段階まで来たんですが、肝心の人体実験の素体が見つからず、いっそ研究員の一人を実験台にしようとしたところ…」
スーツ野郎は嬉しそうに微笑んだ。
「まさに貴方が地雷を踏みぬいてくれたわけです。16Labの研究員も喜んでいました」
「待てよ。俺はお前らのクリスマスプレゼントじゃないぜ。これが人権団体にバレたら…」
「先ほど言ったでしょう?あなたは死亡したんです。事故で。書類上でもそう処理され、あなたの同僚もそう認識しています。
この世からあなたの存在は抹消されたんです。永久に」
「おいおい、嘘だろ」
「選ぶ道は二つに一つです。その体のまま一生を過ごすか、それとも我々の実験台になってロボコップになるか」
冷血スーツ野郎はにこやかに笑った。サディストめ。
「どうしますか?」
ため息しか出ない。ミミズのように体をくねらせても、逃げ出せるわけでも、こいつをぶん殴れるわけじゃない。
俺は諦めることにした。
「おい、ペン貸せよ」
「何をするんです?」
「せめて自分でサインさせろ」
「分かりました。いいでしょう」
俺は口にくわえたボールペンで、自分の名前の横に『FUCK YOU』と書きなぐった。
ミミズみたいに曲がりくねった、汚い文字だった。

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