M29と呼ばれた男 第7話
「あなた、元正規軍ってほんと?」
ヘリコプターの最低な乗り心地を楽しんでいると、UMP45が聞いてきた。いつもの胡散臭い笑みを浮かべて。
その隣のUMP9は好奇心に目を輝かせながら俺を見る。416は寝ているG11の靴紐を結んでいるが、ひそかに耳を立てているのがバレバレだ。
まあいい。ヘリのローター音の五月蠅さにはうんざりしていた所だ。
「ああ、それがどうした?」
「正規軍で何をしてたの?」
「純粋な興味か、それとも詮索か?」
「んー、純粋な興味ってことで」
「なら答えは簡単だ。恐ろしいバケモノに銃を撃ってたんだよ」
「ELIDのことかしら?」
「ああ、そうさ」
ELIDどもの姿を思い浮かべるたびに、寒気がする。
ELID。コーラップスに感染した奴らの総称だ。
コーラップスに感染するとゾンビみたいに身体が変異して、正規軍の最新鋭装備にひるむことなく突撃してくる獣になる。
奴らに捕まったら瞬く間にバラバラにされる。それは人間でも自律兵器でも変わらない。
「…この任務なんてピクニックみたいなもんさ」
404部隊の面々に課せられた任務は、一言でいえば『偵察任務』だった。
ロシアとの国境近くの廃倉庫。そこで旧式の自律人形が目撃されたとのこと。
廃倉庫に潜入して、情報を持ち帰るのが今回の任務だ。
元々は民間企業が所持していた倉庫で、主に食料を貯蔵していたらしい。
盗人避けに様々なトラップが仕掛けられており、それが今でも残っているという事だった。
「なんで引き払う時に撤去しなかった?」と聞けば、「工賃節約のため」と返ってきた。世知辛いね。
「ピクニックでも何でもいいけど」
UMP45は物を殺す機械の目で言った。
「作戦中は私の指示に従って。私がいいと言うまで発砲もナイフも無し。私の言う通りに歩き、私の言う通りに走る。それが404部隊のルール。オーケー?」
「オーケー、ボス。素直に従うぜ」
するとUMP9が目を丸くした。
「意外だね…もっとわめき散らすかと思った」
「俺は軍人だ。命令遵守は慣れっこさ。だがな」
UMP45の掴みどころのない笑みを、真っすぐに見据える。
「俺はお前らと違って、死んでも次はねえ。新米指揮官みたいな指揮で俺を使いつぶすつもりなら、後ろから撃ってスクラップにしてやる」
「そう、なら安心して」
UMP45はにっこりと笑う。
「今まで、私の指揮でスクラップになった人形はいないから」
『着陸5分前』
機械的な音声が、インカムから響いた。
それと同時に、俺を除く404部隊全員が銃にサプレッサー(消音器)を取り付け始める。寝ていたG11も目を覚まし、手を動かす。
俺のM29マグナムに消音器はつけられないため、代わりに装備品の点検をざっと済ませることにする。
正規軍のアーマー装備一式を揃えてくれたI.O.P社に感謝すべきだろう。
戦車と同じ装甲で作られたヘルメットは唯一の生身である頭部を堅牢に守ってくれるし、
分厚い防弾ジャケットと四肢に装着した特殊鉄鋼アーマーは、正規軍で使っていた頃から信頼している。
それに、なんといっても『高周波シースナイフ 12インチモデル』。
高周波を起動して振るえば鉄格子だってバラバラにできる優れ物で、正規軍の頃はELIDの腕を斬るのに重宝したものだ。
これらが積み込まれた木箱を受け取った時は、思わず飛び上がるくらい嬉しかった。
届けてくれたのはトラックドライバーのM923で、今度会ったら何かおごってやるべきだろう。
腰のベルトに固定した鞘から高周波ナイフを抜いて明かりにかざすと、刀身がギラギラと銀色に輝いていい気分になる。旧世代の武器だが、いつの時代も良いものは良いものだ。
「…気持ち悪いわよ」
見れば416が、顔をしかめてこちらを見ている。
「何が気持ち悪いんだ?」
わざととぼけて見せると、416はさらに眉根を寄せる。
「刃物を見てニヤニヤするなんて、病気か何かよ」
「お前たちは使わないのか?」
「トマホークを使う変わり者は知ってるけどね。私にはこれで十分」
そう言って、416はアサルトライフルを見せる。よく手入れされた銃身と、精密に調整されたホロサイト、そして銃口と真っすぐに取り付けられたサプレッサー。
常日頃から銃のメンテを欠かさない416を見ていると、自律人形が銃の分身というのも頷ける気がした。
「せいぜい物陰には気を付けるんだな」
「ふん」
416は不機嫌そうに鼻を鳴らした。
『着陸1分前』
全員が銃を持つ。着陸したらすぐにヘリから飛び出し、物陰に隠れる手筈だ。
皆の表情に緊張はなく、かと言って気を抜いているわけではない。
自分のやるべきことが分かっている兵士の顔だ。不思議と心強さが胸を満たした。
『着陸』
接地の衝撃と共にドアが開いた。
【第8話に続く】
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