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Midnight #7「Phantom Exit ~BATNAで切り開く扉~」



枠の向こう側:夜の銀座、出口の見えない暗い路地

銀座の夜は、メインストリートを離れると人影がまばらになり、ビルの谷間には薄闇が漂う。
そんな闇の奥、ひっそりと浮かび上がる看板がBar Exchange
扉を開けば、静かなジャズとオレンジ色の照明が、冷えた心と体をゆっくりと温める。

この夜の客は氷室 澪(ひむろ・みお)
スラリとした体躯にシャープなスーツを纏うフリーコンサルタント。
一見クールに見えるが、今は唇を噛んで焦燥感をにじませている。

氷室:「…こんばんは。前に一度来て、助けてもらったんですが、また同じような悩みが。
“出口”が見えないまま、先方との交渉がこじれていて…。」

“Phantom Exit”――これが、今回のキーワードになるようだ。


一杯目:「Trapped Mist Highball」──BATNA不足の苦悩を吐露する

鷹宮 匠はカウンター越しに微笑み、軽く頭を下げる。

鷹宮:「いらっしゃいませ。お疲れのようですね…。最初の一杯は、苦みをベースにしてみましょうか。“高揚”ではなく、少し気分を落ち着かせるような。」

ロンググラスにビターズとソーダ、ウイスキーを合わせるハイボールを作り、わずかにスモーク風味のリキュールを加えて淡い霧状に仕上げる。
名を「Trapped Mist Highball」とし、霧の中に閉じ込められた感覚をイメージする。

氷室:「まさにそんな気分…。
今回、ある企業とのコンサル契約を巡って『どうしても取りたい』と思ってるんですけど、相手が妙に強気で。気づけば先方の言う条件をほぼ呑まされそうなんです。
でも断るわけにもいかないし…。結局、向こうのいいようにされるしかないのかって思うと、息苦しくて。」

グラスを一口飲み、ビターな香りの奥にある燻製の風味に眉をひそめる。

氷室:「…苦くて煙い…。でも、これが今の自分の心境かも。」


二杯目:「Phantom Door Collins」──BATNAの核心を学ぶ

鷹宮は2杯目の準備にかかる。
まずコリンズグラスに氷を入れ、ライムリキュールとジン、そこへほんの少量のホワイトラムを加えたベースを注ぎ、ソーダで割る。
仕上げに、表面に微かな青紫のリキッドを一滴垂らすと、うっすら“幽玄”な色彩を生む。

名を「Phantom Door Collins」とし、目に見えない“出口(ドア)”を暗示するイメージを表現する。

鷹宮:「“Phantom Door Collins”。一見、ドアが閉じているようでも、実はどこかに隠れた扉があるかもしれません。
BATNAというのは『最善の代替案』。相手との合意が不利すぎるなら、“その交渉を降りて、別の道を選ぶ”という選択肢を用意できているかどうかがカギなんです。」

氷室はその青みがかった液体を凝視しながら呟く。

氷室:「代替案…それが私にはなかった。『この案件がどうしても欲しい』と思い込んでたから、相手が強気に出ても抵抗できなかったんですね。
でも、もし私が『この案件じゃなくても他にクライアントがいる』とか、『最終的に契約を断る権利を持ってる』と思えたら…。」

鷹宮は柔らかく微笑み、頷く。

鷹宮:「そうです。合意が得られないなら“どうするか”を自分で持っていれば、『相手の無理な条件を呑まなくてもいい』と思える。
その“別の道”こそがBATNAであり、それがはっきりしていると、交渉で相手が強引に出ても『じゃあ結構です』と切り返せる。
逆にBATNAがない状態だと、どんな不利な条件でも呑むしかなくなるんですよ。」


三杯目:「Phantom Exit」──決意を象徴するオリジナル

最後に鷹宮は3杯目をシェイクする。
ベースにはウォッカとレモンリキュールを使い、わずかな黒いチャコールパウダーを混ぜ込むことで、少し暗い色調に仕上げる。
しかし、底の方には明るいグリーンの層を隠しておき、飲み進むほどにグリーンが混ざり、最終的に明るい色へと変化する。



名を**「Phantom Exit」**とし、最初は暗く出口が見えないが、進むほど明るい道が見つかるイメージを創り出す。

鷹宮:「“Phantom Exit”。最初は暗いですが、飲み進むと下のグリーン層と混ざって色が変わる。
今回の交渉だって、最初は出口が見えなかったとしても、BATNAを用意すれば『ここを出れば別の道がある』と気付けるんです。」

氷室は興味深そうにグラスを回し、ゆっくり一口含む。
辛口なウォッカの刺激の奥にレモンの爽やかな酸味が走り、やがて底からほんのり甘めのグリーンが現れていく。

氷室:「おお…本当に下から綺麗なグリーンが出てきて明るくなる。
ありがとうございます、マスター。私も、もしこの契約がダメなら“こうする”というプランBを準備します。
そうすれば、相手に振り回されずに済む…自分の道を選べるんですね。」


結び:写真が映す“別の道”の影

グラスを空にし、安心した様子の氷室。彼女は感謝を述べつつ、次のアクションを心に決めてバーを出る。
扉が閉まると、Bar Exchangeには穏やかな空気が舞い戻り、ジャズの静かな旋律に支えられている。

鷹宮はグラスを拭きつつ、ふと奥の写真へと目を向ける。
そこには、扉の前で立ち止まっている2人らしき姿が写っているようだが、光の加減で輪郭しかわからない。

鷹宮(小声):「俺も…あのとき“降りる”という選択があれば、違う未来があったのかな。
でも、その道を選ばずに…。」

呟きは闇に溶け、写真に映る人物たちは何を考えているのか――それはまだ見えない。
Bar Exchangeは、また新たな悩める交渉人を待つかのように、微かな光を漏らし続けるのだった。

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