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値引きシール

「それで、お店の調子はどうですか?」と彼は「50%OFF」の赤と黄色のシールが貼られた笑みをたたえながら、僕におだやかにたずねる。数mm真皮の裏に少し嘲りと同情が見え隠れするが、それはそもそも僕の生来の卑屈さが生み出したまったくの幻想で、すべて被害妄想だという可能性もある。人となりを見抜くのは苦手だ。昔から『名探偵コナン』の犯人を当たられたことがない。

「いやあ、全然ですよ。趣味の延長ですね」と僕は頼まれてもないのに卑屈に答える。

「そうですか。好きなことを仕事にするのはすばらしいですね、うらやましい。」と彼は笑顔を絶やさず会話を続ける。
「なぜ事業が上手くいってないのか分析が必要ですね。ペルソナ分析、競合分析、販促施策、SNS施策など。やれることはあるでしょうから。」

そこで心のシャッターを下ろし、厳重に鍵をかけた。余計なお世話だ。社会のすべてをわかったような、たぶんそのうちわかります、わからないことは社会的に間違っていることです、みたいな顔して侵入しないでほしいなと感じる。そんな鋭利な刃先をこちらに向けないでくれ、怖いから。

もしかしたら100%善意であるのかもしれない。仮にその意地悪な感情が底にあったとしても、それを外に出すまいと表情を作っている時点で、その人は良い人であろうとしているということなので、すなわち「良い人」でよいではないか、とは思う。僕は意志がその人だと思いたい(僕もそう思ってほしい)。

ただ僕はそうした攻撃性から逃げて店をやっているのであって、ほっといてほしいのだ。効率や成果や損得と別に、精神の安寧のために始めたお店だ。「マーケティング」みたいな強い言葉に取り込まないでほしいのだ。

だから君もできるだけ気をつけたほうがいい、田村カフカくん。結局のところこの世界では、高くて丈夫な柵をつくる人間が有効に生き残るんだ。それを否定すれば君は荒野に追われることになる。

『海辺のカフカ 下』 村上春樹

厳しいよ大島さん、そうなんだろうけど。柵をつくることも、それを否定して荒野に追われるもの嫌なんだ。いつまで15歳のままでいるつもりなのだろうね、自分でうんざりしてるよ。

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