noteを2年毎日更新すると起きる変化
noteの毎日更新をはじめて、770日がたった。
あ、2年過ぎているじゃないか。
「おいおい、730日目になにか書けばよかった!」
と思っていてもしょうがない。
時間は戻んないし、2年ジャストだからと言ってもなにか特別なことを書くわけでもない。
今日も今日とて書くだけだ。
書こう。
今日も書こう。
んで、2年ですよ。
noteを書くことでなんか変わりましたか、と聞かれたら、
「わからん!!」
というのが本音だが、あえてなにか変わったことはないか考えてみよう。
僕が2年毎日更新をしてなにが変わったか。
ポジティブになった(ような気がする)
文章を書くのに抵抗がなくなった(これは本当)
承認欲求が薄くなった(これもある程度本当)
一つひとつ掘り下げてみよう。
変化①ポジティブになった(ような気がする)
ポジティブになったような気がします。
毎日更新を始める前に比べると、ネガティブが減ったような気もします。
なぜか。
=文章で自分の気持ちをアウトプットできるようになったから。
ですかね。
多分そう。あえて『noteを書くことでポジティブになった』とするならそうだろう。
の威力は思ったよりも強いのだろう。
今までは表に出せませんでしたからね。
文章は下手だし、だからといって喋りが得意でもない。
考えると自分を表現できるすべを僕はもっていなかったんですよね。
今でも文章で自分の気持ちを全て表現できているかと言うと、そうではないかもしれないけど、それでも2年前に比べればマシになっているだろう。
2年文章を書くとポジティブになるような気がします。
変化②文章を書くのに抵抗がなくなった
2年毎日更新をしていると、文章を書くのに抵抗がなくなります。
そうですね。遅いですけどね。
抵抗がなくなるまで、2年もかかるのかよ!
と思われてもしょうがないですけどね。
それでも、僕にとってはわりと早いのかもしれません。
文章、本当に書けなかったんで。
いや、書けてはいたんですよ。多分以前の方が『読みやすい文章』という点では長けていたのかもしれません。
しかし、昔の僕が書く文章って、今見るとキモいんです。
自分が書いた文章なのに、なにか自分じゃない感じがするんですよね。
多分これって、本音を書けていなかったからなんです。
だから、noteを書き始めたときって、『自分が書く文章は嘘くさい感じ』がして、抵抗があったんですよね。
今は抵抗はないです。
だけど、おそらく今の僕の文章の方が読みづらくなっている。
でもそれでも、僕は今の方がいい。
以前の僕に比べると格段に文章に対して、抵抗がなくなってます。
変化③承認欲求が薄くなった
承認欲求、薄くなりました。
とはいえ、これはあくまでnoteに対しての承認欲求ですけどね。
いまでもそれなりに承認欲求はあるのが本音ですが、noteで何かを書いてそれを見てスキがほしい、という欲求があまりなくなりました。
…いや、そりゃもっと本音をいえば、スキはほしいのかもしれませんけどね。
それでもあまりなんとも思わなくなってきたんだよな。
事実、アナリティクスなんて今年見たかどうかすら怪しいレベルでみてないですからね。
多分、書いて終わらせることでもう満足しちゃっているんでしょう。
noteでどうにか承認欲求を満たそうと思うことがなくなったのは、書くだけで満足しちゃっているんでしょうね。
これが良いかどうかはわかりませんが、
『行動=満足』
に繋がっているなら、それはそれで良いですよね。
孔子も論語でこんな事を言っている。
楽しんだものがちですね。
周りがどんな反応だろうとね。
多分これからも…
多分これからも続けるんだろう。
ここまでやっているんだ。今更辞めるのすら難しい。
なにより、書き終わったときの達成感がありますしね。
そうですね。多分この達成感を求めて毎日毎日書いているんだろう。
自分に課せた使命を達成すれば、自己肯定感も少しずつ上がりますよ。
…そうですね。
なによりもそうだ。
こんな駄文(自分で言うことではないのは承知で言うが)にいつも反応してくれる人がいるんだ。
この人たちに感謝しなくてはいけない。
いつもありがとうございます。感謝してもしきれない。
文章で伝えるのはなかなか難しいが、本当に感謝している。
そう、あなたに言っています。ありがとう。