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「私はおまえにこんなものをやろうと思う。」

これは梶井基次郎の「城のある町にて」という小説の一説。
「彼」が遊戯で葉書に書いたという「そんなこと」…

「私はおまえにこんなものをやろうと思う。
一つはゼリーだ。ちょっとした人の足音にさえいくつもの波紋が起こり、風が吹いて来ると漣をたてる。色は海の青色で――御覧そのなかをいくつも魚が泳いでいる。
もう一つは窓掛けだ。織物ではあるが秋草が茂っている叢になっている。またそこには見えないが、色づきかけた銀杏の木がその上に生えている気持。風が来ると草がさわぐ。そして、御覧。尺取虫が枝から枝を匍っている。
この二つをおまえにあげる。まだできあがらないから待っているがいい。そして詰らない時には、ふっと思い出してみるがいい。きっと愉快になるから。」

梶井基次郎 「城のある町にて」

わたしは時々この一節を思い出します。
わたしには、この文章が、最も好きといっていいくらいに、美しくて可愛らしいのです。
私にもこんな文章がいつか書けることがあるのかしら。

わたしは、グラフィックデザインをやっていたことがあり、画面上の均衡についてこんなことを考えていたことがあります。
「なぜ?ときかれても理屈などないけど、画面上のどれひとつとして動かし難いほどに美しい均衡が宿った作品は確かにある」

この一節もこれに似て、わたしにとっては、どの文節も変え難い風合いを持った文章です。
まだできあがっていないプレゼントを、想像しながら待っている、という感じが心地よいのかもしれません。


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