お題「日陰」「煙草」「雨」で創作(恋愛小説風)
東京は35度を超えていた。
空は雨のち曇り。
湿度80%日陰でも蒸し暑い。
僕の不快指数は100%だった。
電話に出たくない想いで、煙草も吸わないのに雑居ビルの非常階段にある喫煙スペースにいた。
こうなったのは自業自得だと心得ている。
僕が優柔不断だからだ。
だが、痴情のもつれは相手がいないと起こらない。
相手にも非がある。
その相手はクールだが、目鼻立ちのスッキリした薄化粧の彼女。
きっかけは煙草だった。
あれは都内のミニシアターで『痴人の愛』リバイバル上映を観に行った時だった。
『痴人の愛』といっても谷崎潤一郎ではない。
サマセット・モーム原作を映像化した戦前の洋画で、若き日のベティ・デイビス演じる娼婦と医大生の話である。
キレたベティ・デイビスが彼氏の医学書を破いて燃やして台無しにするのだが、医学書などの専門書は一冊何万円もする。大昔ならもっと高価だっただろう。
それらが灰塵と化す。その煙と登場人物らが、戦前は間を持たせるためにバンバン煙草を吸う
当時の僕はゴールデンバットを日に40本吸うヘビースモーカーだった。
煙草を吸いたい欲求に耐えてエンディングのスタッフスクロールと同時に席を立つ。
早歩きで喫煙スペースへ向かい、往年のスターのようにタバコに火をつける…はずだった。
ガス切れのライターを何度押しても火花しか出ない。
耐えかねて周囲のスモーカーに火を貸してくれとせがんだ。
それが彼女だった。
あのとき喫煙スペースで出会った、その彼女から逃げるべく、職場の喫煙スペースに隠れている。
なんたる皮肉だろう。
動揺してスマホの通知音に怯える僕は精神集中のため、目を閉じる。
目を閉じると二週間前に同僚の結婚式に呼ばれたことを思い出す。
僕と彼女と二人で結婚式に招待された。
二人できちんとした衣装で出かけたのはそれっきりだった。
彼女は嫌味ひとつなく、にこにこしていた。
同僚や先輩に「私たちも籍を入れるんです」と挨拶する度に二人ともとろけそうに幸せで二人の結婚式のようだった。
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