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完結した漫画のネタバレなし読書感想『チ。ー地球の運動についてー』魚豊

傑作です。

傑作ですが、よくひとが死ぬ作品です。

複数主人公の群像劇をとっていますが、先に述べたように、どんどん人が死んでいきます。

異端審問官による弾圧と拷問がさかんだった、15世紀の近代中世を舞台に、新たな学説……それもキリスト教とは思想主義が異なる、異端とされる考えを広めようと奔走する人たちの物語です。

物語のなかで登場人物が死ぬのは、予定調和として必要な悪です。

作者もそう割り切って、場を繋いでいくためにどんどん人の命を"使って”いきます。

悪役とされる人物も、ある意味において、裏の主人公ともいうべき役割が与えられていました。

彼がたどった運命の痛烈さ、悲惨さには涙腺がゆるみますが、ある種の感動もあります。

断っておきたいのは、グロテスクな表現を全面に出して悦ぶような作品ではない、ということです。

拷問も、殺戮による死も、それらは人間が宗教から離れて、本当に自由になるためのもの……思想的にも、生活においても……しかし、その先にあるものは本当に幸福なのか?、といったところにまで考えを及ばせます。

わたしはクリスチャンですが、作中で語られる聖書の言葉や、実際に異教弾圧による拷問や火刑が行われていた時代のこと……告解室で行われる懺悔や、家族を喪った人たちが神様を支えに生きていこうとする姿には、少なからず共鳴するものがありました。

内容も、宗教批判をするものでもなく、登場人物たちの葛藤を通して、骨太な……太くて短い数々の生き様を見せてくれるストーリーでした。

近年稀にみる傑作であり、これからも残り続けてほしい名作です。