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小説『天使さまと呼ばないで』 第31話


今日は、初めてのセミナーの日だ。

3時間で1万円という、カウンセリングに比べて割安な値段に加えて、ミカの「絶対に幸せになる」という自信満々の文章と、ミカが全身をブランド品でかためながら幸せそうに信者に囲まれている写真に釣られてか、50人の募集に対して48人の申し込みがあった。

ちなみに、ミカは当初ブログに定員を明記せずにセミナーを告知した。そして、30人ほど集まったところで、「満席につきキャンセル待ち』と表示させ、自分のセミナーが人気であるように見せていた。

3時間で何を話すか悩んだが、今までのカウンセリングでの成功例を紹介していくことにする。そして、それにちなんだ"天使の教え"も伝えることにした。

さらに、最初に『瞑想コーナー』と途中に『15分休憩』、最後に『質問コーナー』を入れることで、できるだけ自分の話す時間を少なくしようと考えた。


(ドキドキするな・・)

ミカは一番のお気に入りのCHAMELのワンピースと、ペリー・ウィルキンソンのネックレスをつけ、一段と濃い化粧をして会場に向かった。


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会場では、来場者のチェックと集金も自分でしなくてはならない。

少してんてこまいになったが、それでも客はミカのファンばかりなので、そんな様子も

『私たちのために頑張ってくれている』と好意的に見てもらえたようだ。

「キャー!ミカさん〜〜!」

一段と高いテンションで現れたのは、エリだ。

「私今日めっちゃ楽しみにしてましたぁ!実はこの間、めっちゃ良いことが起きたんですよ〜!!!」

「あらぁ、どうしたの?」

「先月仕事を辞めたんですけど、また私にぴったりそうな仕事を見つけてぇ、その一次選考に通ったんですぅ!」

エリは、以前のお茶会でミカに言われた通り、仕事を辞めていたのだ。

自分のせいでそんな重大な決定までさせていたことに背中が薄ら寒くなったが、新しい仕事を見つけられそうなのは良かった。

(早く仕事が決まってくれるといいけど・・・仕事を辞めたことをこっちのせいにされたらたまったもんじゃないものね)

ミカは内心そう思いながら、

「そう、良かったわ。誰よりも頑張り屋さんなエリさんのことは、天使様が見てるから大丈夫よ!」

と言った。

「えへへ〜ミカさんに言われたら絶対大丈夫!って感じします!ありがとうございますぅ!」

そう言いながら、後ろに人が待っていることに気付いたエリは、急いで代金を渡した後、一番前の席へと向かっていった。

少し遅れた客もいたので10分ほど開始が遅れたが、初めてにしてはスムーズにセミナーが始まった。


ミカは入り口から、一番前のホワイトボードに向かった。

来場者は皆、先程入り口で名簿のチェックをした時にミカと挨拶は済ませているのに、まるでその場に初めてミカが現れたかのごとく拍手が鳴り響いた。

(うわぁ・・・みんなが私を見てる・・・)

ミカは恍惚とした。

「今回は私のセミナーにお集まりいただき・・」

そう言ったところで、マイクがハウリングした。

ミカは少しびっくりした後、困ったように「てへへ」といった顔をしてみせた。会場の人たちがどっと笑う。

「お集まりいただき、ありがとうございます」

少し声が震えたが、うまく言えた。

会場からまた拍手が沸き起こる。

「私は天使さまの声を皆様にお届けする役目をいただいてます、ミカと申します」

ミカはおもむろに目を閉じ、深呼吸した。

「今日こうやって、心の清らかな方達にお集まりいただき、天使様も喜んでおられます」

"心が清らか"という言葉に来場者の顔がほころんだのか、会場の空気が温かくなるのを感じた。

ミカはいいことを閃いた。

「もしかして・・・今日のセミナーを家族から『怪しい』と言われたり、家を出る時に嫌な顔をされた人もいるんじゃないですか?」

会場の空気が一瞬張り詰める。身に覚えがある人が多いようだ。

「そりゃぁ・・怪しいですよね〜!『天使』ですものね!」

少しおどけながらミカが言う。

すると、会場の空気が一転して明るくなった。みんな笑っている。ここにいる人たちは、ミカがどれだけ寒いギャグを言ったとしても笑ってくれそうだ。

今のは、『セミナーの主催者自身も世間の空気をわかっていますよ』『だからあなたと同じ、マトモな人間ですよ』というミカのアピールだ。

「でもね・・・波動の低い人は、波動の高いものに拒否反応が出ても当然なんです。ですから反対されたからといって、ご家族のことを責めたり、恨んだりしないでくださいね。

・・ご家族の方も、きっとあなたのことを大切に思ってるから、そういう反応をされたんです」

この時点で涙ぐんでいる人もいる。きっとこの人は家族に対して怒りの感情を持つことに相当な罪悪感があったのだろう。

これで『自分を嫌う人間にもおおらかな私』をアピールできた。よし、次は信者が自分自身に持つ罪悪感を消す番だ。

「だからといって、ご自身のことも『ダメだ』と思う必要もありません。

あなた方は、心が清らか過ぎるからこそ、『天使』という一般の人からは受け入れられないものの存在を信じられたのです。あなたの波動が高いがゆえ、この場に導かれたのです。

ですから、今回のセミナーに来たことに、罪悪感を持つ必要はありません。もし、罪悪感を持ちそうになったのなら、胸に手を当てながら『大丈夫』と『私は天使様に愛されている』と、3回ずつ唱えてみてください。

すると、心が落ち着くのがわかるはずです」


こうしてミカは、セミナーの来場者に『自分は心が清らかだ』『自分は波動が高い』という選民思想を植え付けることができた。

また、罪悪感を無視して"エセポジティブ"で誤魔化す方法も教えることができた。


ミカは、何百のカウンセリングを重ねるうちに、無意識に相手の望む言葉をかけられる能力が一層高くなっていた。だからこそカウンセリングではリピーター率が70%を超えていたのだが(でもよくよく考えれば、カウンセリングにリピーターが来るということは本質的な問題が何も解決していないということである)、その力はセミナーでも健在だった。

しかし、相手の望む言葉といっても、それは成長に必要というわけではなく、むしろその場に留まらせ、いつまでも世間や社会に責任転嫁したり、自分自身を省みたりしないための『言い訳』を用意してあげているだけのものだった。


「実際にやってみましょうか。こうやって、胸に手を当ててみてください。そして、目を閉じて」

ミカはそう言いながら、自分も胸に手を当てて見せた。

そして、とびきり優しい声でこう囁いた。

「『大丈夫、大丈夫、大丈夫』・・さあ、皆さんも言ってみてください」

こんな怪しい宗教的な儀式、する必要などないのだが、この場にいる人々は何と皆、従順で純朴で素直なのだろう。全員が胸に手を当て、目を閉じ、「大丈夫、大丈夫、大丈夫」と呟いている。

既に泣いてる人が3人ほどいる。余程自分を追い詰めて生きているのだろう。

「うん、皆さんいい感じですよ。じゃあ次は・・・

私は天使様に愛されている、私は天使様に愛されている、私は天使様に愛されている』」

皆が繰り返す。泣いてる人は10人近くになった。嗚咽を吐きながら『愛されている』と言っている人もいる。

こんな怪しくて普段なら小っ恥ずかしくて言えないような呪文を大勢で唱えたからだろうか、会場には妙な連帯感が芽生えていた。


ミカはゆっくりと目を閉じた。

「ああ・・今、天使様が微笑んでいます。目を閉じてみてください。きっとあなたの頭の上が温かく感じるはずです」

いち早く声を上げたのはエリだった。

「うわぁ〜!本当だ〜!」

バカで助かる。

エリの言葉がミカの信憑性を増したのか、会場は皆「空気が温かくなった」「光を感じた」という声でもちきりになった。というよりも、そう答えないとおかしいという空気になっていた。


ミカは微笑みながら続けた。

「皆さんが天使様の存在を認識できる、波動の高い方で本当に嬉しいです。

・・さて、早速お話!といきたいところですが、まずは瞑想をしましょう。

そうすることで、潜在意識が天使様と繋がりやすくなります」

今のはテキトーについた嘘だ。

こうして、3分間の瞑想をした。

(よっしゃ!これで30分消化できた!)

瞑想後、腕時計を確認しながらミカはほくそ笑んだ。



ミカは途中休憩を挟みつつも、3つの『カウンセリングの成功エピソード』を紹介した。

ひとつはエリの就活成功(もう辞めてしまったが)、もうひとつはユウコの妊娠(流産してしまったが)、そしてユカの結婚のエピソードだ。

エリのエピソードの紹介中、エリはずっとニヤニヤしていた。ミカもその空気を読んで、

「そして実は・・このエピソードの人、今日この会場にいるんです!」と言ってエリに向かってウインクした。

エリが立ち上がって軽く右手を上げながら会釈する。

しかし、ミカはエリには就職先で上司とうまくいかなかっただとか、一年で仕事を辞めただとかの"余計な情報"があることをハッと思い出し、喋らせないようこう続けた。

「ここまで来ると、『仕事が決まってめでたしめでたし』と安心して、妥協するのが普通の人でしょう?でもこのエリさんのすごいところは、波動がさらに上がったことで、さらなるステップアップを目指しているところ!

今回新たに仕事を変える決断をされたそうなの!すごいでしょう?普通の人にはできないでしょう?普通、仕事が決まったらいつまでもそこにぶら下がっちゃいますよね。だって、しがみついてれば給料がもらえるんですもの。

でも、この方は天使様のサポートを信じているからこそ、こうした勇気ある決断ができたんです!そして、早速ぴったりな仕事も見つかったんですよ!」

ミカはこうしてエリを褒めちぎった。周りの人々も一斉に拍手をする。照れ笑いして満更でもなさそうなエリは、自分の決断が「間違っていなかった」「素晴らしいことだ」と証明されたことに安堵していた。

「エリさんにはきっとこれから、益々幸福が起きますよ。天使様からの伝言です」

おまけの大サービスだ。これでエリに余計な情報は喋らせなくできた。

エピソードの持ち主が実際に会場に存在していたことで、ミカの話の信頼度がグッと増した。聴講者たちは前のめりになってミカの言葉のメモを取っていた。

「・・この方のエピソードからもわかるように、まず一番大切なことは『自分を大切にすること』なんです。

自分を大切にしない人は、他人も大切にしてくれません。そしてどこか自信がなさそうに見えるから、企業からも魅力に思ってもらえないんですね。

だから、皆さん自分を大切にしてください。辛い時、苦しい時は、自分に『愛してる』とたくさん言いましょう。もし恥ずかしければ、天使様が愛してくれているところをイメージするだけでも大丈夫です」

ミカはエリのエピソードをこう締めくくった。




しかしなんといっても、今日一番反応が良かったのはユカの結婚話だ。

「何とその方・・・カウンセリングからわずか一年で、結婚が決まられたんです!」

この『めでたしめでたし』という言葉が続きそうなセリフで話を締めくくった瞬間、会場の空気が一気に淡い桃色に色づいたことをミカは感じ取った。

特に見た目が冴えない・・いわゆる『ブス』にカテゴライズされる女性たちほど、その反応は顕著だった。


そう、皆飢えているのだ。シンデレラのようなロマンスに。

ここにいる人たちの多くは、自分たちが本当は見た目を磨いたり、活動的になったり、或いは妥協したりする必要を薄々感じてはいるのだが、それでもいつか、自分がいかに不遇な環境を乗り越えたかと、自分がいかに心が清らかかに気づいた"素敵な王子様"が、不思議な力で自分を見つけ出し、一瞬にして幸せにしてくれるのではないかと信じている。というより、信じさせてくれる何かを探し求めている。

ユカのエピソードは、見事にそれに合致した。


(これは使えるわね・・・"結婚"はやっぱり一番ウケがいい)

そう確信したミカは、次のセミナーでは結婚のエピソードをもっと紹介しようと決めた。


こうして、最後の質問コーナーも問題なく終わり(『親子関係がうまくいかない』という質問だった。とりあえず『悲しかったですね』『腹が立ったんでしょう?』と共感しながら、『あなたは愛されてます』『まずは愛の存在を信じてください』『小さなことにも感謝しましょう』と言っておいた)ミカのセミナーは予想以上の大大大成功で幕を引いた。


ミカはこれからも、セミナーを定期開催しようと決めた。

(皆喜んでくれてるもの・・・本当に幸せそうな顔をしていたわ。本当にやってよかった!)

実際には・・・参加者が感じたのは『幸せ』ではなく、『幸せになりそうな雰囲気』でしかなかったのだが・・・ミカは自分が48人もの人間を、魔法のように一瞬にして幸せにしたと信じて疑わなかった。

(それに、本っ当〜〜に楽しかった!)


ミカの脳内には、あの割れんばかりの拍手喝采がこだまし、崇敬と羨望にあふれた96の瞳がこちらに向けられている情景ばかりが浮かんでいたのだった。


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第32話につづく

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