小説『天使さまと呼ばないで』 第41話
エリの姉・チエの騒動から、半年が過ぎた。
相変わらずミカは、信者から集めたお金で贅沢をし、"天使様"の声を聞けば毎日いかに幸福に過ごせるかをブログに書いていた。
しかし、その実態はおよそ幸福とは呼び難いものだった。
ミカが住んでいるのは相変わらず古いアパートだったし、自慢する時以外の食事はカップ麺やおにぎりで済ませていた。
収入は月に100万円以上あったが、家賃や光熱費、旅行代に被服費で、支出は良くてぴったりか、ひどい時には数十万円ほどオーバーすることもあった。
ミカは次々に借金を重ねた。リボ払いでは到底返済が追いつかなくなり、カードローンに切り替えた。
現在の借金は200万円だ。
思えば、最初のリボ払いでは利子の支払いでお金を相当無駄にした。
(コウタがリボ払いを叱ってきた時は、ありがた迷惑だって思ったけど・・・リボ払いって本当に利子が高いのね・・・)
(あの時、コウタに対してうるさいと思って悪かったな・・・)
そんなコウタとも、今は全く連絡を取ってないので、どうしているかわからない。
たまに気になる時はあれど、プライドが邪魔して、連絡をすることはできなかった。
春からは、カウンセリングの依頼は少なくなってきた。大幅に値段を上げたからだ。それに、ずっと同じ土地でカウンセリングをしてきたからか、新規顧客も見込めなくなってきた。
その代わり、ミカはセミナーを"遠征"するようになった。
東京などの主要な大都市を隔月で回るようにしたのだ。
つまり、5月は地元、6月は東京、7月は地元、8月は仙台・・という形で、地元と大都市で交互にセミナーを開催した。
これには3つの利点があった。
まずは、話すネタがかぶっても聴衆にバレない点と、
セミナーの前後も数日現地に滞在するようにすれば、現地のカウンセリングの顧客を取り込める点。
そして、わざわざ海外旅行に行かずとも、遠征先で高級ホテルに滞在すればそれはそのままSNSやブログの自慢に利用できる点だ。
ミカとしても、色々とヒアリングの面倒なカウンセリングよりも、一気に稼げるセミナーで稼げる方が都合が良かった。
こうしてミカは日本全国を飛び回り、"天使様"の声を人々に届けていった。
ミカのブログのフォロワーは、この時すでに1万人を超えていた。
そして、12月。
今回の遠征は東京だった。
いつものようにセミナーに登壇したミカは、少し違和感を覚えた。
男性だ。男性がいるのだ。
最後列に、両肘をついて手を組みながら真剣な面持ちで座っている。
ミカのセミナーに、男性が来ることなど今までなかった。
40代前半ぐらいの、少し日に焼けた肌のその男性は、ピシッとした濃紺のスーツをスマートに着こなしていて、胸にはネクタイとお揃いの鮮やかなワインレッドのポケットチーフが輝いている。髪は長めだが綺麗にまとめられていて、ダンディーな雰囲気だった。
目が合うと、その男性は微笑んだ。
(うわぁ・・・めっちゃイケメン・・・!)
ミカは慌てて目を逸らした。視界に入ると気になってしまうので、なるべく前に座っている聴衆の顔を見た。
一体、何故私のセミナーに来たのだろう・・・?
セミナーの間中、ミカの心臓ははずっと高鳴っていた。
イケメンへの印象を良くしたいと無意識に思ったせいか、今日のセミナーは今までよりひときわ愛想良くすることができた。
セミナーが終わって、後片付けを済ませたミカが(エリがいないため全て自分でしなければならない)セミナーの部屋から廊下に出ると、壁にもたれて腕組みをしながらその男性が立っていた。ミカが出てくるのを待っていたようだ。
部屋に忘れ物でもしたのかと思ったミカは、男性に声を掛けた。
「あら・・・何か、お忘れ物ですか?」
すると、男性は優しく微笑して、首を振った。
「・・いいえ。驚かせて申し訳ありません。
ミカさんのセミナーがあまりに興味深くて、ちょっとミカさんとお話ししたいと思い、お待ちしていました」
見た目の印象通りの低い声は、色っぽく感じた。
「お話・・・・?」
「ええ。実は私、こういう者でして」
男性は、黒いワニ革製の名刺入れから白い名刺を取り出した。
名刺には、『ショウ』という名前と、『コンサルタント』という肩書きが書いてあった。
「コンサルタント・・・」
よくわからないが、なんだかカッコ良さそうな仕事だ。
「一体、どういうご用件ですか?」
「実は、是非ミカさんのお役に立ちたく・・・良ければこの後空いてませんか?
とても美味しいお店があるんですよ。そこでゆっくり話しませんか?」
今日はカウンセリングの仕事は午前中に済ませ、セミナーは14時〜17時の開催だったので、この後の予定は特にない。
男性(コウタ以外)との食事など4年以上ご無沙汰だったミカは、迷わず笑顔で答えた。
「ええ、いいですよ」
ミカの胸の中は、ひさびさに甘酸っぱいトキメキでいっぱいになった。
ミカはショウにエスコートされ、そのままその場を後にした。
・・・もし、コウタとの結婚に太鼓判を押したミカの元・大親友のナミがその場にいたら、こう言っていたことだろう。
「ミカ、見る目なさ過ぎでしょ。この人、確かに顔はイケメンだけど、めっちゃ胡散臭いよ」
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第42話につづく