小説『天使さまと呼ばないで』 第42話
ショウに連れてこられたのは、都内の隠れ家的な創作フレンチのレストランだった。
店内は薄暗くこじんまりとしているが、黒と赤を基調としたシックな内装で、落ち着いたジャズが流れている。
(これこれ〜!デートにはやっぱりこういうお店よね〜!)
ミカは、コウタとの初デートを思い出した。
コウタに初めてのデートで連れられたのは、繁華街にある人気のダイニングバーだった。
内装はオシャレだけども料理は平凡な大衆向けで、クーポンサイトの『カイエンペッパー』で"デートにオススメの店"で検索すると一番上に表示されるようなお店だ。
だいたいこうした『オシャレな定番どころ』のお店は、大抵の女性は20代中頃までに女子会で利用している。
そのお店も、ミカは大学時代に友人とよく利用したものだ。
コウタが『良いお店がある』と言った時、ミカは自分の知らない世界に連れて行ってもらえるような気がしてワクワクした。だが、"良い店"の正体がここだと分かった瞬間、少しがっかりした。
(ああ、きっとカイエンペッパーで検索して見つけたんだろうな)と思った。
しかしそれも仕方がないと思った。コウタはミカと付き合うまで、交際経験がほとんど無く、デート慣れしていないことを、ミカも気付いていたからだ。
だから今日、ショウにこうした"隠れ家的なお店"に連れてきてもらったことは素直に嬉しかった。
この人は自分の知らない、何か新しくてワクワクする美しい世界に連れて行ってくれるのだ、という期待を裏切らなかったからだ。
ショウと他愛もない会話をしているうちに注文した料理が来た。盛り付けも細部までこだわって美しい。
ミカはすかさずスマホで写真を撮ってから、ずっと気になっていたことを問いかけた。
「・・それにしてもショウさん、どうして今日は私のセミナーにいらしてたんですか?」
聞き方が少し失礼だったかな、と思ったミカはすかさずこう付け加えた。
「男性の方が私のセミナーにいらっしゃること、今まで無かったものですから」
ショウは微笑みながら答えた。
「いやぁ、実は以前からブログを拝読していて、素敵な方だと思ってたんですよ。だから一度お会いしてみたくて。
でも、実物の方がずっと綺麗ですね」
ミカは赤面した。いつも加工まみれの写真をブログにアップした後は、鏡を見るたびにゲンナリしていたのに、『実物の方がずっと綺麗』とは!
「いえいえ・・・ショウさんの方がずっとカッコいいですよ!セミナーも、男性の参加自体が珍しいのに、すごいイケメンがいるからドキドキしちゃいました!」
「アハハ。そう言われると照れるなあ。でも、そんな風には全然見えなかったですよ。話もわかりやすくて面白いな〜って感心してました。
職業柄、色々なセミナーに行きますけど、ミカさんのセミナーは今までで一番、楽しかったです」
「そんな、恐縮です!私なんていつも緊張して失敗してばっかりで・・・
あ、そうだ、職業柄・・っておっしゃってましたけど、コンサルタントってどんな仕事なんですか?」
「ああ、僕は主に個人事業主向けに仕事をしてるのですが・・・クライアントのビジネスを長く続けるためにどうすればいいか、或いはもっと大きな利益を得るためにはどうすればいいかの、アイディアを提供するような仕事ですね」
「なるほど・・」
なるほど、と言ったものの、よくわからない。
「例えば、僕のクライアントさんで、とても素晴らしいハンドメイド作品を作られるクリエイターの方がいらっしゃるんです。
ですが、ミカさんもハンカチをお作りだからご存知かもしれませんが、ハンドメイドって手間がかかるわりに利益が薄いですよね?僕のクライアントさんも、そのことに悩んでらっしゃいました。
しかもその方は離婚したばかりで、女手ひとつでお子さんを育てなければならないシングルマザーの方でした」
離婚したばかり・・と聞いて少しドキリとした。自分のことを言われているような気がしたからだ。
「そこで、僕はその方に『ハンドメイド業を始める人向けのセミナー』を開催することを勧めました。その方は長年ハンドメイド業界で販売してきたノウハウがありましたから。
彼女はそうしてセミナー業とハンドメイド業を並行することで、年商が10倍になったんですよ」
「えぇ〜すごい!!」
「ミカさんだったら僕は、年商20倍にする自信がありますよ」
「えぇ〜〜またまたぁ」
ミカは笑いながら答えた。
「僕は、本気ですよ」
ショウは鋭い眼差しでこちらを見つめる。先程までの笑顔と違って真剣な表情だ。そのギャップと眼力にミカはドキドキした。
(もしこの人と付き合えたら、ツーショット写真をブログに載せたいな)
そうすると、きっとブログにはたくさんの賞賛コメントがつくだろう。
そうなれば、コウタとの離婚は『運命の彼氏と出会うために必要な出来事だった』とブログに書けるだろう。
また、『天使の声を聞けば素敵な彼氏ができる』と、自分の実例をもとに謳うこともできる。
そうすれば、離婚で減ったファンがまた戻ってきてくれるかもしれない。
そんな期待に胸を躍らせていると、ショウがまた口を開いた。
「・・一度、僕に企画書を作らせてもらえませんか?」
「企画書?」
「ええ。どうすればミカさんのビジネスをもっと成功させられるかの企画書です。作成にはもちろんお金はいりません。
もしそれで僕の提案が気に入ったなら・・・僕のことを頼っていただけませんか?」
「ええ、もちろんいいですよ」
またショウに会う理由ができることが、素直に嬉しかった。
「ミカさんは、次いつ東京に来られますか?」
ミカは悩んだ。来月は地元、その次は名古屋を予定していたのだが、会うのが3ヶ月以上先になるのは寂しい。かといって来月と答えてしまうと、自分が安く見られる気がした。
(よし、再来月は名古屋と東京のどちらにも遠征しよう)
「2月、ですかね」
「2月ですね、わかりました。ではその時必ずお会いしましょう。ミカさんは日本酒はお好きですか?」
「ええ」
「じゃあ美味しい日本酒を揃えたお店に案内します。そこ、海鮮料理も絶品なんですよ」
「まあ、嬉しい」
ミカは上品に微笑みつつ、心の中でガッツポーズを取った。
ショウとの食事を終えて(ショウはもちろん奢ってくれた)ホテルに戻り、ミカは今日のブログを更新した。
まず最初にセミナーについての報告と来場者へのお礼を述べ、次に今日の食事で撮影した写真をアップし、こんな文を載せた。
写真には、美しく盛り付けられた食事とワインの他に、奥の方にショウのスーツが映っていた。見れば『素敵な方』というのが男性とすぐわかる。
ミカは、自分が男性(イケメン)にこのような素敵なお店に連れてきてもらったことを、世界中の人々に自慢したくて仕方がなかった。
(私って、物凄いイケメンに、こんなに素敵なお店に連れてきてもらえて、奢ってもらえる価値がある女なのよ!
私は"夫に捨てられた惨めな女"じゃないの!コウタとの別れは、もっと素敵な男性に出会うために必要なことだったわけ!
この写真を見て、そのことをよく理解しなさい!)
ミカはそんな気持ちで、ブログをアップしたのだった。
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第43話につづく
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