小説『天使さまと呼ばないで』 第46話
認定講師スクールの受講料の振込まで、あと4日。
午前中に今日のカウンセリングの仕事を終えたミカは、家に帰って昼食を食べた後、いつものようにFactbookを見た。
すると、昨日のカフェへの愚痴に、見慣れぬ人物からのコメントがついていた。しかも、複数だ。
(ハァ?なにこれ)
更に、バンクリーフ・アベルのピアス購入自慢にも、同じく批判や罵倒のコメントがついている。
様子を見るに、どうやら、捨て垢(削除するのを前提にして作った匿名アカウント)のようだ。
コメントの下には、Tvitterのリンクが貼ってあった。
こうしたアンチのコメントは稀にくることがあったが、ミカはいつもすぐに削除するか、或いは『嫉妬してる』と論点をずらし信者に攻撃させていた。
しかし、今日は妙に量が多い。気になったミカは、リンク先のTvitterのURLに飛んでみた。
Tvitterは、新婚のときにちょっとしたコウタへの不満や、妊活についての情報収集のために利用していたことがあったが、最近はアプリを起動することすらしていなかった。
リンク先には、『白犬ノライヌ』という人物のつぶやきがあった。
つぶやきには、昨日のFactbookのカフェの悪口のスクリーンショットや、自分がかつてブログで自慢したブランド品や自撮りの写真が添付してあった。
ミカは頭が真っ白になった。慌ててリツイート数を見ると6000、いいねの数は1万もある。
「ヤバ・・・」
ミカは気になって、仕事用のメールの受信箱を見てみた。すると、既に2人から『認定講師養成スクールキャンセルします』という内容のメールが届いていた。このTvitterを見たのだろうか。
ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ・・・・・
ミカは改めて、白犬ノライヌという人物のつぶやきを見返してみた。コメントも20件ほどついているようだ。
ミカは恐る恐る、そのコメントを見てみた。
ミカが見ていないと思ってるからか、それともミカを故意に傷つけたいと思っているからなのか、ミカに対する辛辣なコメントばかりが並び、読むたびにミカは心臓がナイフで抉られるような気がした。
最近はFactbookやブログではほとんど称賛のコメントしかもらうことのなかったミカは、もはや厳しい批判を受け止めるだけの耐性は少しもついていなかった。しかも、Factbookやブログでなら信者が勝手に擁護したり、批判者を攻撃してくれるが、ここにはそんな"優しい"人は一人もいない。
ミカは、慌ててFactbookに戻り、捨て垢のコメントを削除しようとした。しかし、既にそのコメントに反応がついている。今削除してしまっては反応した人々が不審に思ってしまうだろう。
しかし、FactbookはTvitterでの罵詈雑言の連続が嘘のように、ミカにとって平和なコメントが並んでいた。
どうやら、信者たちはミカを守ろうと(正確には、自分たちの信じるミカの偶像を守ろうと)捨て垢を攻撃してくれたらしい。
自分がみんなから愛されていること、守られていることに安堵しながらミカはコメントを書いた。
こう書くことで、ミカは自分が批判者にも器の広い天使とみんなに思わせようとした。
早速コメントがくる。
よしよし、とほくそ笑みながらミカは次の手を考える。
Factbookはまだいい。信者が勝手に守ってくれる。
問題は、自分の信者が少なくアンチの多いTvitterだ。これ以上情報が拡散されるとまずい。
幸い、ミカはTvitterで持っているアカウントは、アカウント名に自分の本名は入れず、『シュークリーム@新婚』にしていた。(ちなみになぜこの名前にしたかといえば、当時コウタにアカウントがバレるのが怖かったからと、好きな食べ物がシュークリームだからだ)
(このアカウントからなら、私ってバレないわね)
ミカは自分が信者のふりをして、『白犬ノライヌ』のつぶやきにコメントをした。
すると、途端に他の人からコメントがくる。
ミカは、少しでも"天使カウンセラー・ミカ"を"良い人間"と思ってもらうためにはどうすれば良いか考えた。
(私が本当は、みんなから感謝されて愛されているという証拠を突きつければ良いんだわ!)
そこで、Factbookやブログに今まで寄せられた感謝のコメントをスクリーンショットに撮り、それをTvitterのコメントに添付することにしたのだ。
ミカは画像を添付したコメントに、こんなことを書いた。
ミカが言い返せたことに少し気持ちをよさを感じていると、思わぬコメントがついた。
コメントを見て、ミカは真っ青になった。
なぜ、自作自演がバレたのだろう?慌てて自分の投稿を確認してみると、痛恨のミスをしていたことに気づいた。
ミカがスクリーンショットを撮ったときに、端に"アカウント主を示す画像"が入っていたのだ。
すなわち、ミカは自分で自分を擁護しているという証拠画像を、全世界にばら撒いてしまったのだ。
ミカがあと2秒、落ち着いてスクリーンショットを確認していたら、こんなヘマはしなかっただろう。
しかも、それに対して既に反応がついてしまっている。
ミカは今度は顔を真っ赤にさせながら、先程のコメントを削除した。だがもう遅い。ミカのコメントのスクリーンショットを撮っていた人物が既にいて、画像付きのコメントをつけていた。
ミカは金切声を上げた。ここまで人に馬鹿にされたことは初めてだ。身体の奥底が熱くなって頭がおかしくなりそうだった。
しかし、悪夢はまだ終わらなかった。
この時、白犬ノライヌやそのフォロワーは、『シュークリーム@新婚』アカウントの過去のつぶやきをスクリーンショットで集めていたのだ。
そこには、自分がかつて吐いた夫への陰口や職場への愚痴が山ほど載っていた。
さらに最悪なことには、今回の騒動でTvitterを利用することになる前の最後につぶやいていたことが、あのクソダサいネックレスへの文句だったことだ。
TvitterにはFactbookにも登録している有能なネット探偵の人々がいる。彼らは、ミカの過去のFactbookのコメントを辿り、このつぶやきがミカのFactbookのコメントと日付と内容がリンクしていることにすぐ気がついた。
FactbookのコメントのスクリーンショットとTvitterのつぶやきのスクリーンショットはすぐに並べてアップされた。
Tvitterは祭り状態と化し、たくさんの嘲笑コメントが寄せられた。
ミカは頭がパニックになった。
自分が自作自演していたことばかりか、Factbookでは綺麗事を書いているだけの性悪女という事実までバレてしまったのだ!
何とかして、このTwitterを消さなくては、今後のビジネスにも関わる。
ミカは苦渋の決断で、『白犬ノライヌ』にダイレクトメッセージを送った。
アンチに対してこのように丁重にお願いすることなど屈辱的だったが、今のミカには選ぶ手段はなかった。
するとすぐ、『白犬ノライヌ』から返信が来た。
(何よ!カッコつけやがって!!!)
ミカは食い下がった。
(これでビビるでしょう)
そうほくそ笑んだが、『白犬ノライヌ』の返信は予想外のものだった。
ミカは頭を掻きむしった。目は血走り、唇を噛み締め、鬼の形相になっていた。
思わずそう返信する。ミカの頭からはもう、天使としてのイメージ戦略だとかキャラクター設定だとかは全て抜け落ちていた。
白犬から返信が来る。
こいつは一体何者なんだ?
ふと、頭の中にチエの顔が浮かんだ・・・しかし、確証は持てない。
ただ一つ言えることは、こいつは確実に自分に対して覚悟を持って批判しているということだ。
どうしようもなくなって、ミカはこれ以上ダイレクトメッセージを送るのをやめた。
(仕事を辞めろですって!?まだ300万の借金もあるっていうのに、辞められるわけないでしょ!!!)
そう居直ったミカは、白犬ノライヌがまた新たなつぶやきをしていることに気がついた。
何とそこには、今まで自分が送った一連のメッセージのスクリーンショットが載せられていた。
という、皮肉的なコメントと共に。
これで全て終わってしまった。
自分がお金の力で黙らそうとしたこと、訴えると脅そうとしたこと、挙げ句の果てにブスだのクソだの天使に似つかわしくない汚い暴言を吐いてしまったことが、全て白日の元に晒された。
ミカは怖くなってFactbookを見る。
すると、先程の捨て垢のアンチのコメントに、また別の捨て垢のコメントが続々と寄せられていた。
その中には、自分がファンのフリをして擁護をしていた証拠のスクリーンショットや、自分がかつてTvitterでコウタからのネックレスの悪口を言っていたつぶやきのスクリーンショットや、先程『白犬ノライヌ』に送ったばかりの暴言のスクリーンショットまで載せられていた。
消しても消しても、コメントはついた。過去のあらゆる投稿に、ミカの恥ずかしいスクリーンショットが載せられたのだ。
もう、ファンすらも誤魔化せなかった。
ミカのフォロワーは、ものすごい勢いで減っていた。
メールの受信BOXをまた確認する。さらに3人から講座の辞退の申し込みが来ていた。
ミカは涙目になっていた。これからどうなるんだろう。怖くて仕方ない。
(助けて・・・誰か助けて・・・・!)
その時、ふと頭の中で声がした。
それは、ショウの声だった。
(ショウさん・・・助けて・・・!)
無我夢中で、ショウへと電話をかけた。
「もしもし?」
「ショウさん、すみません、今晩会えませんか!?」
「えっ、今晩!?」
電話越しに動揺しているのがわかる。
「お願いです、ちょっと大変なことが起きて、どうしても直接話したくて・・・お願いします!」
「・・・わかりました。しかし先月定期ミーティングをしたところですから、追加料金として1万円いただくことになりますが、良いですか?」
こんな緊急時にまでお金を取るのかと少し失望したが、ショウは仕事でやってるのだから仕方ないと必死に自分に言い聞かせた。それに、今は背に腹はかえられない。ミカは即答した。
「大丈夫です、今から新幹線で向かうので、そちらに着くのは多分18時ごろになると思います」
「了解です。待ち合わせ場所等はまたLIMEで決めましょう。お待ちしています」
(ショウさんがいれば大丈夫・・・!)
早くショウに会いたい。これからどうすればいいか教えてほしい。できれば今日は抱いてほしい。ショウに抱かれれば、この苦しみは全て忘れられるような気がした。
ミカはカバンを掴み、急いで駅へと向かった。
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第47話につづく