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小説『天使さまと呼ばないで』 第44話
6月下旬ー
今日はショウとの2度目の対面ミーティングの日だ。
2月にショウの企画をもとに始めたオリジナルポーチ販売は順調だった。
ミカは2月の間に、5万円のワッペンタイプを20個、10万円の手刺繍タイプを10個作成し、3月にハンドメイド商品の販売サイトに出した。ブログで宣伝もしたおかげか、2ヶ月も経たないうちに完売した。新しいポーチも鋭意製作中である。
ブログで販売の告知をする前にも、ショウは有益なアドバイスをくれた。
それは『ポーチを作成している写真を、ブログに載せる』というものだ。
ミカが本当に手作りをしているという証拠写真を載せることで、高い価値があると思ってもらえるというのがショウの読みで、それは見事に当たった。
4月の対面ミーティングでは、ショウに完売の報告をした。ショウは自分のことのように喜んでくれた。
そしてその時にまたひとつ、新しいアイディアを出してくれた。
それは、セミナーのたびに『手作りの限定エコバッグ』を販売するというものだ。
エコバッグは各会場限定10点ほど用意し、会場ごとに生地も変える。さらにそれぞれにシリアルナンバーをつけ、その作成写真もブログに載せる。
そうすれば、来場者の特別感と購買意欲を煽ることができ、完売間違いなし!というわけだ。
ショウのこのアイディアをもとに、ミカは各セミナー会場限定の10万円の手作りエコバッグを10点用意した。
そしてエコバッグ購入者にはミカのサインとツーショット写真も撮れるサービスをつけて、セミナーの閉演後に販売した。
これもやはり好評で、5月の地元でのセミナーも、6月上旬の仙台でのセミナーも完売となった。
(ちなみに、地元のセミナーで真っ先にエコバッグを買ったのはエリだった。彼女はもちろん、手刺繍のポーチも購入している)
今日は午前中に東京に着いた。昼過ぎにショウとのミーティングがある。夜はまだ未定だが、もしかするとショウに夕食に誘われるかもしれない。
明日は東京のセミナーだ。ミカは東京限定エコバッグも10点、ちゃんと用意してきた。
ランチを済ませたミカは、ショウとのミーティングのために都内の駅近くにあるコワーキングスペースへと向かった。
4月にも、ショウとのミーティングにはそのコワーキングスペースを利用した。待ち合わせの駅に着いた時、ミカはてっきり前回のようにショウが美味しいレストランやバーに連れて行ってくれると期待したのだが、ショウが案内したのは殺風景なこの場所だった。
ショウ曰く、その方がセキュリティ的にも安心だし、静かにゆっくり話ができるという。それに、レストランや居酒屋でミーティングをするとどうしても公私混同してしまうからだという。
こちらとしては本当は公私混同は願ったり叶ったりなのだが、ショウは契約をした以上、その線引きはしっかりしたほうがいいと言った。
「これから僕たちは『ビジネスパートナー』となります。ビジネスとプライベートとの線引きをするためにも、会議はこのコワーキングスペースで行いましょう。
また、契約書にも書いてあるのですが、場所代は依頼主であるミカさんの負担となります。大変恐縮ですが、これは全ての依頼主様にお願いしていることですので、ご理解をお願いします」
ショウはそう言った。ミカは殺風景なコワーキングスペースを見て心底がっかりしたが、ショウはそんなミカの耳元に顔を近づけこう囁いた。
「食事は、今度プライベートで行きましょう。次は夜景の綺麗なホテルのレストランにお連れしますよ」
"ホテル"という単語にミカはドキドキしたが、ショウは困ったように顔をしかめて、こう続けた。
「もし今日この後僕に予定が入ってなければお連れできたんですが・・・残念です」
その時、いつもと同じ普通の下着をつけていたミカは、少し残念なような、ホッとしたような複雑な気持ちになった。
今日は一応、ブランド物の新品の下着をつけてきた。それに4月から高級エステにも通い始めた。もし誘われても大丈夫なように。
コワーキングスペースの入り口につくと、既にショウは到着していた。
「お久しぶりです、ミカさん。さあ、入りましょうか」
受付を済ませ、二人用の席に着く。
ショウは二人分のコーヒーを用意してきてくれた。
「どうでしたか、セミナー限定エコバッグは?」
「おかげさまで、セミナー2回とも完売してます!こんなことなら50個ぐらい作ればよかったかもしれません」
「あはは、それはよかった。でもあんまり作りすぎても希少価値が下がってしまいますからね。バランスが難しいところですよね」
「もう本当に、ショウさんサマサマですよ〜!私には考えつかないアイディアを出してくれますもん!」
「ああそうだ、今日もさらに良いアイディアをお持ちしたんですよ」
そう言ってショウは意味深に微笑んだ。
「本当ですか!?」
ショウは革製の黒いカバンから、クリアファイルを取り出した。
「これです!」
彼が自信満々に取り出したクリアファイルの中の紙には、
『認定講師養成スクールの創設』と書いてある。
「認定講師・・・?」
「そうです。要するに、ミカさんの"弟子"を作るのです」
「弟子・・・!?」
そう言われるとなんだかくすぐったい。自分が芸術家にでもなったような気分だ。
「ミカさんには、天使の声を聞いて人々の悩み事を解決するという素晴らしいチカラがありますよね。その素晴らしいチカラを、他の人にも伝えてあげるのです。
そうすれば、今よりももっとたくさんの人を救うことができますよ!」
ショウの唐突な提案に、ミカは狼狽した。
「え・・・でも、どうやって??
私の力は、霊感みたいなもので、伝えられるような類のものではないですよ」
それどころか本当は霊感かどうかさえ怪しい、直感と相手に合わせた適当な言い訳を用意しているだけという事実は、心の奥にそっとしまっておいた。
「うーん、でも、ミカさんなりに『こういう人にはこんな問題があるな』『こうすれば解決できるな』みたいな経験則ってあるでしょう?その経験則をまとめれば、きっと他の人にも伝えられる『天使の教え』みたいなものが出来上がると思うんですよ」
「経験則・・・」
「ありませんか?何か」
確かに、あるかと聞かれればある。
悩みに関しては、大抵幼少期や親に原因があるか尋ねれば、みんなひとつふたつ思い当たることがあるし、
涙を流したり苦しそうな表情になれば、「悲しかったですね」「辛かったですね」「泣いても良いんですよ」と感情を認める言葉を投げ掛ければ、心の一番弱い部分が刺激されるのか、堰を切ったように泣き、その後は憑き物が取れたような顔になる。
どうしてこんな目に遭うのか、と聞かれれば、「そういう不条理なことも世の中にはあるんです」「あなたの努力不足です」「あなたが馬鹿だから騙されただけです」という冷酷な現実は伝えずに、「あなたの波動が高いから」「その方があなたの学びになるから」「神様が決められたことだから」「前世にカルマがあるから」と言えば、皆納得し、不条理な悲しみや苦しみを味合わずに済むこと、自分の愚かさを直視しなくていいことに安堵した表情になる。
そのうえで、「あなたは愛されてますよ」「もっと自分自身を大切にしましょう」「感謝しましょう」といった当たり前のことを言えば、まるで神様からの有難い啓示のようにその言葉を忠実に実行し・・・否、実行する前からやり遂げた気分になり、『人生が変わった』と言ってくれるのだ。たとえ現実には事態が1ミリも変わってなかったとしても。
問題は、これらのテクニックをどう『天使の教え』として美化して伝えるかだ。
「うーん・・・できるかしら・・・」
ミカは左手で口元を抑えながら、思案した。
「この認定講師システムは、うまくいけばミカさんに莫大な利益をもたらしてくれます。絶対にやるべきですよ」
「莫大な利益・・・?」
「僕のプランでは、スクールの受講料をこう設定しました」
そう言ってショウは企画書の一文を指さす。
スクール受講料 300万円(月1回開催/全6回予定)
人数 最大10名予定
「さ、300万円・・・!?」
「ミカさんになら、これだけ払う価値はあります」
「そ、そんな、いくらなんでも高すぎますよ」
「いや、僕はポーチやエコバッグの売れ行きを見て確信しました。ミカさんにならこれだけ払ってくれる人が必ずいます」
しかしいくら何でも、この適当な理論を教えるのに300万円を要求するというのは、少しでも良心が残っていればできないことだ。
(・・・こんなのって全然、天使様にふさわしくないじゃない)
一体この世界のどこに、幸せになるためにと300万円を平気で要求するような"天使"がいるというのだろう?
「できません・・・私こんな・・・こんなにお金を出させてしまっても、責任が持てませんもの」
「責任なんて取らなくていいんですよ」
ショウは鼻で笑いながら続ける。
「300万円を払う人は、それだけの価値があると信じたからお金を出すんです。それはその人の問題です。ミカさんが気にかける必要なんてありません」
「でも、もしその人が借金したり、破産したりしてしまったら・・・」
ショウはため息をついた。
「ミカさん・・・あなたは優しいですね。そんなことまで気にかけるなんて。でもね、お金がないないって言う人ほど、本当はちゃーんと持ってるもんですよ。学資保険とかね。そういった、いつか使うかもと置いている無駄金を使わせればいいだけの話です」
「学資保険が無駄金・・・?」
大切な子供のためにお金を用意することの、一体どこが無駄金というのだろう。
ショウは大きくため息をついた。
「この日本が長らく不景気なのも、こうした貧乏人や底辺どもがお金を使わないせいなんです。そのくせ奴らは社会や政治に文句ばかり言う。
自分で経済を回しすらしないのに、誰かが何かを恵んでくれることばかり期待する。
そんな奴らにはちゃんと『金は出せば巡る』ってことをわからせてやるべきなんですよ」
ここまで言って、ショウはハッとした表情になり咳払いした。
「失礼。ちょっと言いすぎました」
そう言って、すぐにもとの柔和な笑顔に戻った。
「でも、考えてみてください。何も一日で300万円要求するわけじゃないんです。これは半年分の料金ですよ。1ヶ月につきたったの50万円ですよ。それに一流ホテルの会場をとりますし、オリジナルテキストも作りますから、経費もちゃんとかかっている」
ミカはただ、黙っていた。
「10人に教えるだけで3千万円の売上ですよ。利用しない手はないでしょう。それに、認定講師になった人にももちろんメリットがあります」
「メリット・・?」
「もちろん一番のメリットは、ミカさんの"天使の教え"を会得することですが、それだけじゃありません。
認定講師スクールを修了したら、『エンジェルカウンセラー認定講師』としてカウンセリングをすることができるんです。そうすれば、認定講師たちもミカさんのようにお金を取ってカウンセリングができます。
つまりこれは、人々に仕事を与える素晴らしいスクールでもあるんですよ」
そう言いながら、ショウは大きく両手を広げた。
「でも、その人たちは私からお給料をもらえるわけじゃなくて、自分で仕事を取らなきゃいけないんですよね・・・」
「それは当然ですよ。自分で稼ぐということはそういうことです。ミカさんだってやってることじゃないですか」
「それはそうですけど・・・だったら『仕事を与える』というのはちょっと語弊があるんじゃないかなって・・・」
ショウはギロリとこっちを睨んだ。眼の奥はどこまでも黒く、ミカは恐怖を感じた。
「ミカさんは本当に優しいですね。流石"天使様"だ」
そうして先程の表情とは嘘のように、クシャッとした笑顔で言った
「その優しさは、女性としては確かに魅力的です。
・・・だが、ビジネスにおいては不必要だ」
ミカはなんと答えればいいかわからず、ただ黙っていた。
するとショウは、こう切り出した。
「実は、まだ言ってなかったんですが・・・今回の企画は大型の案件になりますので、今までと違う報酬体系になります」
そして、企画書をめくり、2枚目のある部分をトントンと指さした。そこにはこう書かれていた。
報酬 利益の3割
「今までは契約料に報酬が含まれている形でしたが、この案件は、私も利益から報酬をいただきます。
そのかわり、オリジナルテキストの作成や、カリキュラムの構成、セミナー会場の予約や日程の調整などの細々した仕事は全て僕がします。ですからミカさんは安心して、受講者へのフォローに集中してください」
「3割・・・」
それが高いのか安いのか、ミカにはわからなかった。
「ええ。10人満席になれば、諸経費を差し引いてもミカさんの取り分は2千万以上です」
2千万円あれば、今抱えている300万円の借金などすぐに消し飛ぶばかりか、中古のマンションだって買えるだろう。
「・・・正直な話、自分勝手なことは重々承知ですが、僕はこのプロジェクトでどうしても報酬を手に入れたい」
「えっ・・・」
「実は、ミカさんの住むA県のC市に、近々タワーマンションができるのをご存知ですか?」
C市といえば、県内でも一番栄えている市で、ミカがよくセミナー会場を借りる場所だ。
「いえ・・・知りませんでした」
ショウはカバンから、不動産のチラシを取り出した。そして、一番大きな間取りの物件を指さす。
「僕の欲しいのはこの物件なのですが・・・恥ずかしながら僕の貯金ではあと800万円足りないんです。
僕はこのマンションを、キャッシュで買いたい。そして、A県でのミカさんの仕事のサポートをいつでもできるようにしたいんです」
「えっ・・・」
「いきなりこんな・・・勝手な話をしてすみません。引いちゃいますよね。
本当は僕がいま東京に持っているマンションを売るべきなのはわかってます。ですが、僕のお客様はほとんどが東京の方ですから、今東京を離れるわけにはいかなくて」
ショウはミカの目をじっと見つめて、手を握った。
「でも、僕はもっとミカさんのそばにいたい。ミカさんが困ったときに、いつでも駆けつけるヒーローになりたいんです。・・・ダメですか?」
「そんな、全然、ダメじゃないですけど・・・」
「このマンションの完成が、今年の12月予定なんです。だから僕はそれまでに、何とかお金を工面したい。
今から2ヶ月で、スクールのテキストやカリキュラムを作成し、8月にスクール生募集の告知をする。そしてミカさんがカウンセラーデビューをしてちょうど2周年の11月に、華々しく開講するんです。
勝手なことを言って失礼なのは重々承知しています。ですが、僕の夢を応援する意味でも、この案件、是非受けていただきたい」
ミカは何と答えればいいかわからなかった。
今すぐにでもOKを出したい気持ちもあったが、自分の理論がうまく言葉で説明できるかわからないことと、ファンたちにあまりに大きなお金を遣わせることに、恐怖を感じたのだ。
「ちょっと、考えさせてください・・・」
ショウはミカの目をじっと見つめ、しばらくなにか考えていたようだが、少し微笑んで言った。
「わかりました。では、ミカさんの気持ちが決まるまで、待ちます」
「すみません・・・」
「いえいえ、良いんですよ。・・・そういえばミカさん、今夜は何か予定はありますか?」
「いえ・・・特には」
「良ければ食事でもと思ったんですが・・・ミカさんが今日泊まられるホテルってどこでしたっけ?」
「ダンマリン・オリエンタルホテルです」
「ああ、あのホテルの中のレストランに、とても良い店があるんですよ。一緒に行ってみませんか?」
「ええ!もちろん」
ミカは笑顔で答えた。
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レストランでミカとショウはワインと豪勢な食事を堪能した。
ミカはこれから起きることに期待しつつ、いつもよりたくさんワインを飲んだ。
そして、ミカが期待した通り・・・ショウはミカの滞在する部屋まで"ワインを飲み過ぎて酔ったミカ"を送り届けてくれた。
そして、二人は男女の関係になった。
ショウはコウタと違って、セックスに能動的だった。
いつも主導権なく流されるようにコトを始め、自分のことで手一杯なコウタと違って、ショウの進め方はスマートだった。
ミカは、ショウと繋がっている間、愛される喜びを感じた。
女としての自信を取り戻せたような気がした。
全てが終わった後、ショウとともにベッドに横たわりながら、ミカは天井を見上げて考えた。
(やっぱりショウさんは、私のことを愛してくれてるんだわ・・・あんなに情熱的に私のことを求めてくれたもの)
ふと横を見て、ショウの顔を眺める。鼻筋の通った横顔は彫刻のように美しかった。
(もし、ショウさんがC市にマンションを買えば、今よりもたくさんショウさんに会えるようになる・・・)
(それに、私も将来的にはそこに住むことになるかもしれない・・・)
(そう思えば、今、ショウさんの夢を応援することは、自分の将来に投資するのと同じようなものかも・・・)
それにショウの言う通り、ミカのファンたちがたとえ大金を出すとしても、それは彼女たちがお金を出す価値があると判断したから出すのであるし、自分がそのことを心配するのはただのお節介な気もしてきた。
また、これは『ミカのファンたちに仕事を与えるチャンス』になると考えれば、自分のやろうとしていることは、決して悪いことではない気がした。
(・・・・・よし。決めた!)
朝、ミカはショウに伝えた。
「ショウさん・・・私もショウさんと一緒にいたいです。昨日ショウさんが、私のそばにいたいと言ってくれて、本当に嬉しかったです。
だから、ショウさんがマンションを購入するのも、応援したいと思いました。
・・・私、認定講師養成スクール、やります!」
ショウはニヤリと笑って答えた。
「わかりました。では、契約成立ですね」
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第45話につづく