下請け宅配業という奴隷制度②
【導入部分】
午後8時、配達を終えて事務所に戻ると、社長が一人、机に座って迎えてくれた。斜め向かいの席に座ると、テレビのCMが耳に入ってきた。「未来をつくる。〇✕配送」顔を上げると、画面に映る俳優が綺麗なスーツを着て笑っていた。僕らを絞り上げて得たお金の行き先が、こんな茶番CMだと思うと腹が立つ。
雨水が染み込んだ安全靴に、黒ずんだゴム手袋、10本100円で買ったインクのかすれるボールペン。あの華やかなCMの俳優とは真逆の自分がいる。何のために仕事をしているのかと考える。少なくとも、大手業者に労働力を搾取されるためではない。綺麗なオフィスで踏ん反り返っている、荷物にも触れたことのない大手業者の社員は下請けの現状など想像すらしないのだ。
【 朝の様子】
翌朝、午前7時。〇✕配送の営業所に車を止める。下請け業者の軽自動車が次々と到着する。その車たちも、くたびれている。ドアの縁に錆が浮いていたり、マフラーの辺りからカタカタと金属音がする。車から降りてくる配達員も、くたびれている。年齢は50代後半から70代前半ぐらいだ。僕と同じように、袖口の糸がほつれていたり、靴底が外れていたりする。
宅配下請け業という職種は、服を買うお金も、医者にかかる時間も確保できないのだ。下請けは大手運送会社の養分として機能しているからだ。反対に大手運送会社の社員はキラキラしている。会社の用意した制服をまとい、きれいな私用車で、下請けの人間より後に出勤する。この出勤風景だけで、養分として吸い上げられる側と、養分を吸い上げている側の対比が見てとれるのだ。
【 荷物の押し付け合い】
大型トラックが営業所に到着する。コンテナからカゴ台車が降ろされていく。そのカゴの中の荷物を、担当エリアごとに分けていく。大手ドライバーも作業するが、下請けにもその作業を協力させる。大手業者が定める料金は、荷物を配達すると1つ140円だ。メール便に至っては一つ30円だ。
この料金に、荷物の仕分け、クール便の仕分け、伝票の仕分け、ハンディ端末の入力、代金引換荷物の配達に入金、再配達と不在票の作成などが含まれている。それを可能にしたのが、下請け会社との契約書だ。「配送に付帯する業務に協力する」という項目がとても広く解釈されるのだ。
「協力」とはよく言ったもので、実質的には、労働力搾取装置として機能する。下請けが協力することはあっても、大手ドライバーが下請けを助けることはほぼない。例えば、ロット物と呼ばれる一か所にたくさん配達できる荷物を、大手ドライバーが黙って奪っていく。「大変そうだからロット物をとってあげたよ」なんていうドライバーもいる。人の「儲かる」仕事を奪っただけなのに、これを「協力」としてアピールしてくる上長がいた時は、さすがに肩を落とした。経済構造の上流にいる者がルールを決める。戦争も物流も似たようなものだ。
【荷物の状態確認】
「これ、積込み前に凹んでたのでドライバー対応でお願いします」と僕はお願いする。現場を仕切る上長は答える。「とりあえず、お客さんの所に持っていってよ」「凹みはドライバー対応じゃ…」「良いから持っていってよ。君のエリアだろ。そんなことに、社員を無駄に使えないんだよね」「いや、でも、ルールですし。凹みはドライバー対応って決まってるじゃないですか?」「とりあえず持っていけが理解できないの?」「持っていったとして、受け取り拒否されたらどうするんですか?」「それをしないようにするのがプロでしょ?お願いね」そう言うなり、上長は離れていった。荷物は僕の手元に残された。
【朝の朝礼】
荷物を積み込み終えたころ、集合がかかる。「凹み荷物押し付け」上長のありがたい朝礼だ。隣接している路線のドライバーと打ち合わせをしながら話を聴く。「2便目の荷物が少なかったら、一緒に持って行きますから」と業務の連携を確認していた所で、上長から声がかかった。「〇〇君、今日の気をつける点は!」質問というより、吊るし上げてやろうという意図しか感じない。「集荷荷物のロッド数向上と、配達時のJANコード指差し確認です」答えられないのを想定していたようで、上長の言葉が止まる。「〇〇君みたいな態度で朝礼に参加しないように!輪が乱れます。私たちは同僚であり、家族なのです。協力していきましょう!」の言葉で朝礼が終了した。”アットホームな会社です”に続く”私たちは家族”発言に苦笑いがこぼれる。
二言目には協力、協力というが、繰り返すが、宅配下請け業というのは、大手の下請け搾取で成り立っている。もちろん、他社や地域によっては、下請け業者でも労働力に見合った報酬を受け、生活が成り立っている業者がいるのも知っている。だが、地方過疎地域の下請け宅配業は、70%以上が大手業者による搾取によって成り立っている。
③に続く。
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