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【エッセイ】私がスコーンを焼く理由

型で抜いたスコーンをクッキングシートに並べていく。

スコーンの断面を指で触れると良くない、と知りつつもつい触れてしまう。
予熱が終わったオーブンから声をかけられるが、すぐには焼き始めない。
オーブンにも個人差があるようで、予熱時間が終わっても全体に熱が行き届いていないことが多いそうだ。
頃あいを見計らって熱々のオーブンにスコーンを飲み込ませる。
あとは時間が来るまで任せておけば良い。
焼けるまでの間は別のことをしていれば良いのだが、私はスコーンが焼けていく様を見るのが好きだ。
層と層の間でバターが溶けていく。
スコーンの天辺と側面から成される角が少しずつ色を変え、端から膨らんでいく。
正直、焼き上がるまでずっと見ていることもできる。
車窓からの景色のように、徐々に変化していくものをボーッと眺める、この時間が好きなのだ。

元々、料理やお菓子作りは好きではなかった。
自炊はしているが、食べたいものを作っているだけだし、品数もなく、栄養も考えていない。
空腹を満たすだけの食事になることが多い。
そんな私がスコーンを焼き始めたのは、「英国的な何か」を作りたいと思ったからだった。

メイドさん好きから英国文化や紅茶屋さんに興味を持ち始めた。
店でクリームティーを食べている時に、「スコーンは家で作れるのでは…?」と閃いたのだ(閃いたというにはあまりにも烏滸がましいが)。
早速帰りの電車でレシピを調べ、スーパーで材料を買った。
お菓子作りをしない人間の冷蔵庫に製菓材料などない。

初めて作ったスコーンは、自画自賛ではあるがまあまあの出来だった。
イギリスの家庭でも良く作られるので、特別難しいレシピではない、と思う。
しかしそれ故に、アレンジの幅も広く、奥深さも尋常ではない。
自分で食べるにはまあ満足だが、店で食べたものとは全くの別物だった。

それから何度となくスコーンを焼き続けているが、続けられているのには理由がある。
何も考えず、無心でできる作業が欲しいと思っていたからだ。
これは編み物などにも通じるのだが、作り方がある程度頭に入っていれば、特別気を使わなくても自動操縦のように作業を進められる、そういったものが欲しかった。
最近は同じレシピのプレーンスコーンばかり作っているので、大分自動操縦できている。
無心で作業できるものがあると、脳がダルいけど何かしたい時、気分を切り替えたい時に重宝する。
ハンドメイド系は作ったものがどんどん溜まる、という悩みがあるが、その点お菓子作りは良い。
大体気づいたらなくなっている。
紅茶や珈琲と合わせていただくのも、とても気持ちが良い。

そんなことを考えていると、あっという間に焼き上がりの時間になった。
熱々の天板をオーブンから取り出す。
焼きたてのスコーンから一つを取り、冷ましながら頬張る。
この瞬間を楽しめるのは自分で作っているからこそだ。
何個も食べたい気持ちを抑え、残りは冷ましておく。
後で珈琲でも淹れて一緒に食べよう。

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