すえっ子するってむずかしい
久しぶりのアメリカ帰省の締めくくりは、末っ子オーウェンの卒業式だった。
もちろん長男の空軍士官学校の卒業式も素晴らしい経験だった。
でも、私にとっては、末っ子のオーウェンが無事に高校を卒業したことが本当に嬉しくてならなかった。
思えば自分も、同じ附属の女子校にいき、ちょうど3つ違いということで、姉を教えた先生がみんな自分の学年に来るという悲劇を味わった。
姉は文学少女、古文も漢文もどんとこい。
そんな姉が一番目をかけられていた古文の先生が自分の担任になってしまい、「んまあ、おねえさんだったら、こんなのスラスラ読み下していったわよ」などといわれてばかりだった。
だから、わかる。
末っ子をするのって、らくじゃない。
♢
文武両道で、いつだって先生のお気に入りだった長男ノアは、とてもいい子だけれど、同時に下のふたりに濃く大きな影を落としてもいた。
2番目のエマはいつも「わたしのことはいいのよ」という癖がついてしまったし、末っ子のオーウェンはやんちゃすぎる傾向があった。
だから、ジャネルと私のおばコンビは、エマと3人でアンダルシアにガールズ旅行にでかけたし、「お兄ちゃんと違って、どうせ私のパーティーには誰もこないわ」とすねるエマのためにミネソタに駆けつけた。
オーウェンは小さなころにはエネルギーがあまりすぎて、感情をコントロールできなかったり、おもちゃを壊してばかりだった。
そんなオーウェンのパワーとエネルギーをぶつける先をと、ジェニーはいろいろなスポーツを試させた。サッカー、アメリカンフットボール、バスケットボール…。
団体競技はあまりなじまなかった彼に、しっくりとはまったのが体操だった。
吊り輪や鉄棒、あん馬など、ジェニーから送られてくるビデオにはクルクルと回転してはピタッと着地するかっこいいオーウェンの姿があった。
ところが、膝を故障。
体操は断念しなくてはならなくなった。
「でもね、大好きなサーカスはそこまで激しい運動じゃないから、続けられるみたい。まあ、ものすごいお金がかかるんだけどね」
ジェニーはそういって肩をすくめた。
そんな彼に声をかけたのが、高校のダイビングチーム。
着水するから、膝への負担が少ないし、これまでのテクニックがすべていかせる。
そして、ダイビングで州大会でメダルを取る好成績を残したことで、大学からスカウトもきた。
ああ、よかった!
ハラハラさせられた末っ子の晴れの日なのだもの。
ぜったい、オーウェンの卒業式にも顔を出したかった。
だから、帰国は月曜日になるけれど、一日休暇をプラスして、卒業式に参加した。
小雨の降る朝から、一転して、真っ青な空にぽかりと雲の浮かぶ気持ちの良い午後。
スクールカラーの青いガウンと帽子をつけた総勢500名あまりの生徒たちがやってくる。
ぐっときたのは、校長のあいさつのあと、ネイティブアメリカンの血を引く生徒からのスピーチがあったこと。
ネイティブアメリカンの保留地がたくさんあるミネソタには、もともとチッペワ族やダコタ族、スー族などたくさんの部族が暮らしていた。
この日スピーチをしたのはダコタ族の血を引く女子生徒。
「この土地は、バックグラウンドに関係なく、私たちみんなにとってネイティブとして誇るべき土地なのだ。誇りをもって旅立っていこう」という彼女のことばは胸にしみた。
そして、生徒が選んだ教師代表のスピーチは、科学の先生から。
「ステイシャープ」と題して、鉛筆をガガガーッと演台で削りながら、たくさんのユーモアを交えたスピーチ。
「鉛筆はそのままにしていたら何の役にもたたない。痛みをともなっても、削りとがらせることでようやく道具として価値をだすのだ。みんなには常にとがっていてほしい」というメッセージで、卒業証書にくわえて生徒ひとりひとりに一本ずつ鉛筆が配られたところも粋だった。
「おめでとう!」
いったん校舎にもどった生徒たちを、正面玄関で思い思いに迎える家族や友人たち。
写真撮影やハグや風船や花束やいろいろに混じって、ようやくオーウェンがでてきた。
ところが。
みせて、と広げた卒業証書ケースの中には「あなたの卒業証書はまだできあがっていません」という小さな紙がペロンとはさまれていた。
「学校から支給されてたiPadを返却してなかったから、卒業証書は引き換えなんだって」
ぶっきらぼうにオーウェンがいった。
最後まで、彼らしい高校最後の一日。
なにはともあれ、無事に卒業ができて、本当によかった。