アンジェラを呼んで。
バーや、クラブで、異性に声を掛けられて。
あるいは仕事で断れない感じの人と飲み。
あっちはだいぶプッシュしてきているけれど、私、その気ないんだよな。
困ったな。しかもあちらはだいぶお酒が入ってる…。
そんな経験、あるかもしれない。
♢
イギリスのパブやバーの女子トイレ。
ドアの裏には、よく、こんな張り紙がしてある。
「#Ask For Angela - アンジェラを呼んで」
「#Ask For Angela - アンジェラを呼んで」はもともとリンカンシャーカウンティが2016年に始めたもので、その後イギリス中に広がった。
「アンジェラ」とは、夫の虐待により殺された実在の女性Angela Crompton(アンジェラ・クロンプトン)を偲んでつけられたものであり、かつ、天使(Angel)にもちなんでいるそうだ。
女性だけではない。
統計では、イギリスではLGBTの5人に1人がその性的志向への偏見や憎悪によって脅迫や暴行などの犯罪行為の的になった経験があるという。
そんなときに「アンジェラを呼んで」、あまり騒ぎたてずに助けを求められるよということだ。
♢
日米貿易摩擦の真っ最中、1989年。
盛田昭夫と石原慎太郎によるエッセイ『「NO」と言える日本』が出版された。
「日本人はNOと言えない」といわれていたからこそ、ちゃんとハッキリNOをいおうというメッセージ(まあ、対アメリカの政治的話はおいておいて)。
それから35年近くたち、やっぱり私たちはNOがなかなか言えない。
日本にいた時。
行間を読め、というプレッシャーがたくさんあった。
そして、こっちには行間を読めと求めてくるくせに、
ビジネス上の関係や、
年齢や社会的地位の上下関係や、
単純に力こぶなんかをかさにして、
行間を読まずにグイグイくるひとたちがいくらでもいた。
利益関係や地位ゆえに、言いたかったNOを飲み込んだことがたくさんあった。
そんなとき、
しっかりものの赤坂のママさんや、
プロ意識の高い六本木のバーテンダーさんや、
きちんとしたタクシー運転手さんの、
百戦錬磨のテクニックのおかげで、危機を乗り越たことが何度もある。
イギリスに移り、多国籍企業でいろんな国のひとたちと働いたり、仲良くなって。
「NOと言えない」状況で困るのは、必ずしも日本人の女性だけではないとわかってきた。
行間を読めのカルチャーだからこそ磨かれた(のかもしれない)テクニックを持つ、ママさんやバーテンダーさんや運転手さんがいる日本とは対照的に。
「アンジェラ」のコードをシステムとして確立し、積極的に「手を差し伸べるからね」と告知し、お店のひとたちに適切なヘルプ方法のトレーニングまで提供するというこのイギリス式のアプローチ。
ふたつは違うスタイルながら、同じ扶助の気持ちに充ちている。
♢
もしあなたがイギリスを旅していて、騒がずにでもその場から逃げたかったら、どうぞ「アンジェラを呼んで」ほしい。
逆に、もし。
イギリスのパブやバーで、魅力的な誰かに声をかけて、
そのお相手がお店のひとに「アンジェラを呼んで」といったら。
申し訳ないが、引き下がっていただきたい。
ちゃんと行間を読み取って、ね。