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いつも

また今回も、ううむと考えさせられた。

3か月ぶりに日本から帰ってきたら、毎週のようにいっていたイタリアンレストランが閉店していた。
正確には「厨房メンテナンスのためお休みします」という張り紙が貼られてひと気がなくなっていた。

家賃が高いロンドンでは、飲食店がこんな張り紙を出して、永遠に再開しないのはよくあることだ。
たいていの場合、未払い家賃をためてそのままドロンするから。

コロナ直後には似たような感じで、北ロンドンの大好きな四川料理の店が「お休み」のまま戻ってこなかった。
商店街の別のカフェも数か月前に「お休み」になり、最近別の店に変わった。

日本から戻ったら、またいつものように、あそこのブラータチーズでキリリと冷えたシチリアの白を飲むとばかり思っていた私は、衝撃と共に、薄暗く、床に埃やチラシがたまった店内を覗き込んだ。

いったらそこにある。

その期待値のなんと頼りないことか。

渋谷の街は帰省する度にまったく見違えてしまっている。
東京の電車の路線だって、走っている車両だって、「聞いてないよ!」といいたくなるくらい違うものになっている。

「諸行無常」とはよく言ったもので、すべてのものは変わっていく。
次があるなんて保証はないのに、私たちはそれがまだまだ当然そこにあると思ってしまっている。

「じゃ、また明日ね」

あの時、体育館の階段で、手を振って別れた姿。
拒食症からようやく回復して、ふたたび学校にき始めたはずの同級生。でも、結局肺炎をこじらせ、彼女はそのまま帰らぬひとになった。

それから、私はいつも、心のどこかに一期一会を感じて生きている。

二つの国を行き来するようになって、帰省する度に年老いていく両親の姿に、「いつまでも」はないことを実感している。

それでも。
「次」の保証なんて何もないのに、私たちはどこかで、「いつでも」「当然」「当たり前に」そこにあると思ってしまう。

それが、この先もう二度と来られないだろう北極点なんかだったりしたら、違うのかもしれない。
でも、それが、ある日の夕焼けだとしても、ある日の波打ち際だとしても、それは、その瞬間にだけある特別なモノなのだ。

身近にありすぎて、「いつでも」「当然」「当たり前に」そこにあるくらい愛したものこそ、毎回、いつでも、しっかりと味わわなくてはいけない。

後で見返すなんて思いもしなかった昭和の色あせた台所でのスナップ写真が、ものすごく愛おしいものになるのと同じ。

「いつでも」「当然」「当たり前に」あるはずだったものこそ。

だけど。

去る側としての立場を考えた時。
私は、なにも気負わずに、ふらりとそのままいなくなりたい。
チューブをつけてほしくもないし。
自分を取り囲む機械に生かしてほしくもない。

あれ、あの人、最近みかけないね。そのまますうっといなくなりたい。

トレーシーのフラットにずっと住んでいた高齢のアラブ人女性が先週亡くなった。
「私はウェールズにいたんだけど。死後数日経って発見されたんですって」

孤独死、というと冷たく寂しく響くけれど、当たり前の日常を過ごして、病みつくこともなく、ある日ふらりと召されるというのは、私にとっては理想的に思えた。

Live as if you were to die tomorrow. Learn as if you were to live forever.
明日死ぬかのように生きよ。永遠に生きるかのように学べ。

Mahatma Gandhi (マハトマ・ガンディー)

きちんと毎日を生きよう。

二度と、学校で会うことがなかった同級生は、私に「きちんと毎日を生きろ」というメッセージをくれた。

そのメッセージを抱いて、たとえ明日死んだとしても後悔がないように、彼女の命のバトンを継いで生きることが、私ができることだと。

そして、きちんとできるかぎり生きていたら。
ふらりと死んでいくことなんて、
ふらりと消えることなんて、
怖くなんかない。

去っていく側として、粛々と「いつも」を大事に積み重ねていれば、
何も告げずに消えてもかまわぬ、と思うのかもしれない。

見送る側は、自分が本当に「いつも」を大事に積み重ねたか不安があれば、告げていってほしいと思うのかもしれない。

「いつも」をおざなりにしていたら。
きっとどちらにも心が騒いでしまうのだろう。

一期一会。
「いつも」を大切にしたい。



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ころのすけ
いただいたサポートは、ロンドンの保護猫活動に寄付させていただきます。 ときどき我が家の猫にマグロを食べさせます。