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ロンドンで家を増築した(長い)話-その1:建築許可を取ろう

ロンドンで家を買った話はえらく長いものになってしまったのだけれど、その後に増築工事をした話も、そうとうに長い。

どんなに長いかというと、あまりに長すぎて、noteのエントリーが15,000文字を越えたくらいのときに、うまく下書き保存がされず、すべてがぶっ飛んでしまったくらいだ。

そのショックは、昔、東京で仕事をしていたとき、イギリス人が作った重いマクロのエクセルシートで仕事をしていて、山手線の終電までには終わるぞ!と思った瞬間にファイルがフリーズして再起動したショックに近い。

もしかしたら、「それは書いてはならぬ禁忌のストーリーなのだ」ということなのかもしれない。

数か月たったので、気を取り直して、もう一回、その禁忌のストーリーにチャレンジしてみたいと思う。
落ちないように、いくつかに分割して書くことにしたので、ぜひ、おつきあいください。

長い長い家探しの旅の果てに、私がこのちいさな家をコレだと決断した一番のポイントは、細長く深い庭があるということだった。
その庭は、「可能性」だったから。

ロンドンに移ってすぐ2ベッドルームのフラットを借りた私の一番の不満は、見た目は立派な浴槽が、ただの見掛け倒しに過ぎなかったことだった。
なぜかといえば、それは、家主の設置している湯沸かし器の給湯能力が低すぎ、浴槽をいっぱいにするだけのお湯を沸かすことができないからだ。
管理会社に相談した時に、湯沸かし器のせいですと説明され、「シャワーがあるじゃないですか、なにが問題なんですか」といわれたときには苦笑いするしかなかった。

だから、家を買おうと決めたとき、不動産屋に出した条件は「浴槽があること」。
家が自分のものなら、湯沸かし器くらい、自分で替えりゃいい。

不動産屋に連れられて、物件見学をした時のその家には小さなシャワーがあるだけだった。でも、庭という「可能性」がその物件を魅力的なものにしていた。
自分がしたいように増築して浴室を作ることができるし、合わせて他のリフォームもすればよい。

「少し手入れが必要な物件を安く買って、増築や改築をして家の資産価値を上げる」というのは、イギリス人がよくやる人気のプチ投資だ。
古い内装の家を買って壁紙やキッチンをモダンに改装するという程度のものから、庭側の外壁を壊して家の床面積を広げるもの、また、屋根裏部分を居住スペースのロフトとして作り変えるというのもよく行われる。

見た目をフレッシュにすれば売りやすいし、増築をして居住面積を広げれば、当然家の価格も高くなる。

よし、買ったらすぐに、増築だ。
そう予定して、増築にかかるだろう費用を手元に残し住宅ローンを組んだ。
頭の中には、肩までざぶんとお湯につかる自分の妄想が浮かんでいた。

が、しかし。
ものごとはそんなに甘くない。

イギリスでは、ほかのたくさんのヨーロッパの国々がそうであるように、建物の外観保存の意識が高い。
一般の住宅であっても、通りに面する側の仕様を変えるのには市役所の許可が必要だし、もしも家がコンサベーションエリア(Conservation Area)と呼ばれる景観保全エリアにあたっていたら、窓ガラスひとつ入れ替えるのにも大変な審査がある。

と、知ったのは、家を買うときにも助けてくれた、会社の仲間たちのアドバイスからだった。

「だからさ。まずは市役所に電話して、確認したほうがいいぜ」

アーロンがいった。
彼は、私が家を探していた期間中に、ちょうど屋根裏のスペースを子供部屋に増築し終えたところだった。

「もしコンサベーションエリアにあたらないとしても、ポストコード(郵便番号)を云って相談しておけば、ほかにもなにか規制があったら教えてくれるから」

幸運にも、自分の家はコンサベーションエリアには該当しなかった。
ただ、それでも、庭部分への増築に関しては、設計プランの許可(Planning Permission)と、構造計算や防火などを確認する建築規制(Building Regulation)の許可という二つの関門があることを学んだ。

設計プランの申請には、当然ながら、設計図がいるわけで。
となると、そもそも、どこまで今ある建物に手を入れるのか、キッチンやお風呂場をどこにするのかを考えなくてはならない。

偶然にも、近所に住む日本人の飲み友達ケンくんは、ロンドン中心部にある建築事務所に勤める一級建築士さんだった。
日本人同士だから、お風呂はどうしてもドイツにあるTOTOから取り寄せた日本のたっぷり大きな浴槽にしたいなど、気持ちもわかってもらいやすかった。
ケンくんは、イギリスでは「寝室」と定義するにはかならず窓がないといけないこと、台所と廊下の間には必ずドアが必要なこと、煙突の位置によって窓を作れる場所がきまることなどを教えてくれた。

なかでも、一番悩ましい規制が、隣家との境界線から1m離してしか増築できないというものだった。

私の買ったフラットは、長屋づくりの「テラスハウス(Terraced Houses)」と呼ばれる建物の地上階(いわゆる日本でいう1階)部分にある。
だから、東西両隣の家とは、ぴったりとくっついている。

ビクトリア時代に建てられたオリジナルのスペースに対し、その後に増築された台所と浴室は西側は少し幅が狭くなって庭側に伸びているので全体としては逆のL字型のようになっている。
なので、一番効率よくスペースを活用するには、テトリスの要領で上下さかさまにしたL字を乗っけたいところだ。
が、しかし。
隣家の日照をさえぎるから、という理由で、今あるLの縦棒を伸ばすことしか許されないという。

ああ、腹立たしい。
しかし、許可が下りないのならばしかたがない。

細長いスペースに、浴室、キッチン、そしてリビングをつめこんで。
こうして、不本意ながらもすんなり通ることを一番の目的にした許可申請むけの設計図ができあがった。

いざ、設計図ができあがってみたものの、ケンくんは会社に所属しているので、申請書類の担当建築士として個人で書類を出すことはできないという。

しかたないので、アーロンが使っていた建築士を紹介してもらってそこに書類を整えてもらうことになった。
実際の仕事はほとんどケンくんがし終わっていたけれど、かといって安くしてくれることはなく、500ポンドほどのお金が書類のためだけに飛んでいった。

待つこと数週間。
市役所から、大学生かとみまがうほどの若者がやってきた。

「この庭の木は、設計図からいくと建物にぶつかりませんね、残すということですか」

私が動線にぶつかるので切る予定だというと、眉間にしわを寄せて、市としてはなるべく切らないでほしいのだがいいながら書類になにか書き込んでいる。書き込んではいるけれど、切れないともいわないところがいかにもお役所だ。
ついでに、東側の隣家は建物の全幅を増築していることを塀越しに指して、どうして彼らはOKで私はダメなのかと尋ねた。

「うーん、市役所にはここが全幅で増築という記録がないので、おそらく許可申請なく工事をしたんじゃないかと…」

と言葉を濁す。え?そういうのアリなんですか?

「無許可で工事した場合、近隣から市役所にクレームないまま10年過ぎた場合は取り壊しは命令できないんです」

なんじゃそれ。
ことばを失ってしまった。やったもん勝ちってことじゃん、それじゃ。

市役所のチェックを通過すると、次に2週間の公示期間になる。
両隣、庭をはさんだ裏の家、上の階などの所有者に、私が増築の申請をしたことを知らせる手紙が送られる。そしてそれだけでなく、周辺の道路に貼りだされる。
ここで、なにも懸念があがってこなければ、市役所はそのまま許可をだす。

もちろん。
そんな簡単にはいかない。

ピンポーン。

テレビを観ながら夕飯を食べていると、玄関ベルが鳴った。
こんな時間にうちを訪ねてくるひとなど思い当たらない。
ということは。

「こんばんは。ぼくら、隣の15番地のものです。僕はニール、そしてこっちがガールフレンドの」

「アメリアです」

ひょろっと背の高い金髪の男性の後ろから、長いカーリーヘアの小柄な女性がひょこりと顔を出した。

「この、許可申請の手紙をみたんですが」

きた。
やっぱりきた。
なんだろ、なにを文句つけられるんだろう。

そう身構えながらも、顔は笑顔を保ち、私は玄関のなかに彼らを招き入れた。
話を聞くと、最近お隣のフラットを買った彼らも、やはり増築をしようと考えていたのだという。

「で、個々に設計プランの許可申請をだすと、境界線から間をあけた幅でしか増築ができないじゃないですか」

それ、知ってます、知ってます。痛いほどに。

「でも、両隣同士で2軒一緒の合同申請にすると、お互いが日照権を合意して放棄していることになるので、そこも建てられるんですよ」

えっ。
それ、知りません。

素晴らしいニュースだった。
これで増える敷地面積は5平米くらいのものに過ぎない。
けれど、私の住むエリアの1平米あたりの値段は当時10,000ポンド(約160万円)だったから、これだけで800万円ほどの価値が変わってくることになる。
それよりも、なによりも、家の横に無意味になにも建てられないスペースがある代わりに、居住空間としてソファやテーブルが置ける余裕が増えることになるのだ。

「やりましょう、ぜひ」

最初の緊張感はまったく飛び去っていた。
ニールとアメリアは、話が通じるまともな人たちのように思えたし、これで反対側の隣と同じように全幅で増築ができるのだ。
笑顔で彼らを見送って、私は嬉しさで小躍りしながらドアを閉めた。

しかし。
ここからが長かった。
合同で許可申請を出すということは、私が書類を用意するために使った500ポンドほどのお金が無駄になるというだけでなく、自分の図面ももう一回作り直すので、もう一回それを払わなくてはならない。
それよりもなによりも。
ニールとアメリアの設計図が終わらなくてはならない。

ニールとアメリアは、愛すべきカップルだった。
しかし、いかんせん、二人の意見がまったく合意にいたらない。

庭側にキッチン、なのか。
いやいや、バスルームから庭が見えるのも素敵かも、とか。

私を呼んでは、まるで仲裁を求めるように「どっちがいいと思う?」と二人が私の顔をのぞきこむ。

「いいわよね。そっちはひとりだから、合意する必要がないものねー」

アメリアは何度もそういった。
そういうくらいなら、諦めてあげればいいのに。

結局、申請用の図面が整うまで、5か月も彼らの進捗を待つことになった。
自分の中では、申請が手こずったとしても、3か月後には承認されて、建築が始まり、1年後にはたっぷりのお湯につかりながら鼻歌を唄っているはずだった。
でも、新しい申請をしたときにはすでにスタートから8か月が過ぎていた。

これが工事前の2軒の見取り図。東側が我が家。西側がニールとアメリアの家だ。

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全幅で建てられているのがビクトリア時代の部分、そしてオリジナル部分の窓を残しておくため、あえて幅を狭くして、小さな台所と浴室が細長く伸ばされているのがわかるだろう。
ニールとアメリアの家は、その後90年代にガラス張りのサンルームのようなかたちで庭側に増築がされている。私の増築ももしも1軒だったらこういうかたちにしか許可は下りなかった。

そして、下が増築後のプラン。裏までずっと全幅で増築することで、いかにスペースに差が出るかよくわかると思う。
私の家はオリジナルの窓を残すため、中央にあえて坪庭を作っているが、そこ以外はみっしりと居住空間が増えている。
ちなみに点線が山状に描かれた四角は天窓だ。

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仕切り直し。
新しい設計図面が市役所のホームページに掲示され、市役所のチェックを通過し、ふたたびの2週間の公示期間となった。

ご近所さんに増築の申請をしたと手紙が送られ、周辺の道路に貼りだされ。
ここで、今度こそ、なにも懸念があがってこなければ、市役所はそのまま許可をだす。

けれど。

ピンポーン、ピンポーン。

我が家のドアベルが、なんだか勢い込んだ感じに鳴った。

「これ、新しいやつをみたんだけど」

市役所の紫色のレターヘッドつき便箋をつきだすようにして、そこに立っていたのは、上の階のオーナー、ミフだった。

ミフは、おそらく私と同じくらいの年齢の、イングランド人と思われる女性だ。独身時代に私の家の上の階部分にあたるフラットを購入し、結婚してからは近くの一軒家に夫と子供二人と暮らし、上のフラットは賃貸に出している。
身長158㎝くらいの小柄で金髪のかわいらしい顔立ちからは思いつかないほど気が強い。
なんというか、唯我独尊、というタイプなのだ。

ある日家に帰ったら、彼女がはしごに上って共有部分のペンキ塗りをしていた。へえ、めずらしく気にして手入れしてくれるんだと思ったら、なんのことはない、自分の住宅ローンの関係で検査の人が来るからだという。まあきれいになるならいいやと思ったら、「ペンキ代に20ポンドよこせ」とメッセージを送ってきた。
いや、20ポンドもあったら、ペンキ3缶くらい買えちゃうし。

上の賃借人カップルも私も共有している玄関ドアの鍵がうまく開かなくなったので錠前部分を取り換えようと提案したら、「鍵屋に見積もりを取ったら90ポンドだったから45ポンドよこせ」とメッセージを送ってきた。
いやいや、その手にはもう乗りませんよ。
ネットで錠前自体は25-30ポンドで買えることを確認していた私は「レシート送ってくれたら払う」と返信し、様子をみることにした。
すると。なんと彼女のダンナが鍵を替えにやってきた。
夫、鍵屋なのか?
てか、家族なのに作業賃とるの?

「ミフから、代金の半分をもらってくるようにっていわれたんだけど、いくらっていわれた?」

と、作業を終えた彼が気恥しそうにいうので

「合計90だから45ポンドっていわれたんだけど、このタイプの鍵って30ポンドくらいで買えるよね。それに、私、共有部分のカーペット替えたときの代金の40ポンドを払ってもらってないんだよね」

と、私は鼻息あらく答えた。するとダンナはさらに気恥しい様子を強めて

「うんうん、そうか。お金はもらったっていっておくよ」

と、去っていった。
さすが、ミフの性格をよくわかっている。

そんな歴史があったので、彼女の姿が目に入ったとたん、私は身構えた。

「ちょっと、いれてもらえる?庭に」

いいともダメともいう前に、彼女は私の脇下を擦りぬけるようにして、ずんずんと入っていった。いや、ここ、私んちなんですけど。

ザリザリザリ。
庭に敷き詰められている砂利石を力強く踏みしめて、彼女は庭の真ん中にたち、建物をふりあおいだ。

「これ。図面みると、全幅で増築することになってるわよね」

そうです。だって2軒合同だから。
私は胸を張ってこたえた。

「でも、あなたの増築エリアには柱がないじゃない。うちの床下が終わる部分に柱がなかったら、重さをささえられないでしょ。それって問題だと思うんだけど」

その話は、確かに建築士とのポイントだった。
建築士も最初に同じことをいったのだ。上の階の重さを支えることを考えると、現在の家の端っこに上がる場所に柱を建てることになる、と。
でも、それでは増築したスペースにとつぜん視界をさえぎる醜い柱がたっていることになる。
それはぜったいに許せない。

だって、構造としては、左右にできる壁に重さを分散させられればいいのだから、梁を張りめぐらせることで問題はないはずじゃないの?

そこでケンくんの再登場となった。
彼に、建築士同士の会話をしてもらい、外壁が厚くなり、頭上にはみだすほどの太い鉄筋の梁を渡すけれども、代わりに柱はない図面で申請することになったのだ。

そう説明をしても、ミフは頑としてゆずらない。

「柱をいれないんだったら、私は市役所に異議申し立てをするわよ!」

そこで気がついた。
たぶん、彼女は本当に構造計算のことを心配しているわけでは、ない。
単に、このガイジンが、ラッキーにも隣家と合同で申請許可をだすことで全幅で増築することが、おもしろくないのだ。

「市役所が出している設計プランの許可申請についてっていう公式ガイドの小さい文字も全部読んでくれればわかると思うんだけど」

私は、感情がたかぶらないように、手を握りしめながら、平静をたもってミフに話した。

「近隣住人向けのヒアリングっていうのは、その申請によって、自分の庭をのぞき込まれてプライバシー侵害がされるかとか、天窓からの光で睡眠を妨げられるかもしれないとか、デザインが奇抜だから景観にそぐわないっていうような外観についての異議を受け付ける目的にあるのね。
だから、あなたがコメントしているような、家のなかの内装をどうするかについては私の個人的な権利を阻害しているから、あなたは異議申し立てはできないの。構造計算についてご心配いただくのはありがたいんだけど、市役所の建築課がレビューしているものだから、それもあなたが口をはさめる問題じゃないの。私だって、頭から上の階がおっこってくるような家に住みたくないんだから危険な建築で申請するわけないでしょう?」

もしよかったら、市役所のサイトで公式ガイドをダウンロードしたらどうといいながら私が口元に笑みを浮かべると、ミフは頬を紅潮させた。

「そ、そ、そういう話は、夫がいるところでしてもらうから。あとで夫に電話させるわよ」

むしろ、スティーブのほうが物分かりがいいから助かるなと思いつつ、こうやって自分の望むことは通してきたという感じの彼女の鼻先をツイどうしてもペシリと叩きたくなってしまった。

「えっと。家を買った時の権利書関係の書類からいくと、上の階の所有者はあなただけで、スティーブは共同所有者として名前が書いてないのよね。だから、家庭内であなたが彼にアドバイスを求めるのはいいけれど、私があなた以外の誰かに何かを説明しなくちゃいけない義務はないし、異議申し立てもあなたがするんであって、スティーブじゃないと思うわよ」

彼女が細かく震えているのが分かった。
だから、これ以上余計なことをいうのはやめようと思った。

「と、と、とにかく。異議については検討するからっ」

そう言い残して、大きなドアを閉める音といっしょに、彼女は私のフラットから去っていった。

そして、異議はなにも記録されないまま。
私と、ニールとアメリアの合同申請は、無事に許可がおりたのだ。

(つづく)


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