「街とその不確かな壁」村上春樹 著を読んで
今回は発売前に、kindleで予約していたため、発売日の4月13日の朝にはダウンロードして読むことが出来た。
電子書籍で読むのは、前回の短編に続いて二回目だが、大きな文字で、楽に読める事と、読み終えたら閉じると、また同じページから読めるのは便利だった。
ゆっくり読もうと思っていたのだが、結局、読み始めてから、9日ばかりで読み終えてしまった。
作中後半に出てくる、「パパラギ」という書物は、以前、地域の公民館で受講していた文学講座で取り上げられたことがあって、読んでいたので結構驚いた。また、後記と言う形で、最後の作者の言葉があったのも、書下ろしながら珍しいなぁと思って、そこもちょっとびっくり。
たぶん、村上作品は、ノルウェイの森から始まって、あとはずっとほとんど図書館で借りて読んできたのだが、今回の作品は、一部、二部、三部と読んで、最初から、ずっと終わりに至るまで、不可解な点がなく、腑に落ちた感じがしたのが印象的だった。特に終わり方。そしてその先に見えてくる風景が、自分なりに具体的に思い描くことが出来たので。
第二部からは、母の出身地の郡山市が出てきたり、会津は犬の大会で何度も通った場所だったため、そういう意味でも非常に親近感がわいた。
この小説は、こことは違う場所、アナザーワールドの話で、いわゆる私たちが生きている現実と、パラレルワールドというのか、もう一つの不思議な世界があって、主人公は両者を行ったり来たりする。
読んでいくうち、私たちが今住んでいる世界がリアルなのか、もしかするともう一つの世界と言うのが実は本当にあって、そこの方が私みたいな人間はむしろ暮らしやすかったりするのではないか。あるいは、もう一つの世界に私の分身がいて、実はそちらが本物なのではないか。等、色々夢想することが出来たのも楽しかった。
もう一つの世界は、効率的であったり、便利であったりすることとは全く無縁な世界なのだけれど、そういう世界の方が生きやすい(たとえば私)ような人もいるのかなと思った。
だけどよくよく考えると、音楽もなく、犬も猫もいなくて、みんななんとなく本物じゃないようなものしかないという質素な世界なのだ。そうなると、やっぱり私も何とかして、この今の世界に戻ってきたい、この世界は色々矛盾はあったり、ひどいことは山ほどあるものの、やっぱり魅力にあふれていると気づいたり…。どちらかを選ぶというのは結構難しいことだと分かる。
個人的には小易(こやす)氏と、イエローサブマリンのパーカーを着ている少年に、非常に心惹かれた。この小説のキーパーソンでもある。
最後まで謎といえば謎なのは、主人公が若い頃に出会って文通をしている少女。こちらの世界の人ではなかったのかなぁ、あるいは影だったのか。その辺は、読み手に委ねられた感じなのかな。
不思議の国のアリスの、うさぎみたいに、アナザーワールドへ誘うということが、彼女の重要な役割だったのかな。そういう意味では、やっぱりキーパーソン。
主人公と同じように、都会からすべてを捨てて、会津にやってくる女性もまた、とても魅力的かつ重要な役割を持っていると思う。
いつも村上作品は一回熟読したら、再読することはあまりない。謎は謎のまま、最初の読んだ感覚や感じ方を大切にしたいという気持ちもあるし、そもそも同じ本を何度も読む習慣が私にはない。
いずれにしても、普段あまり本を買わない私が、買ってすぐに読めて、非常に満足できた作品だったことは確かだ。そして舞台が図書館だったということも、なんだかとても身近に感じてしまった。