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散歩のひと 深大寺の森と会津の雪の中 身代わり鬼となる

 2013年頃まで、スマホを持ってはいたが、仕事ではデジカメを使っていた。やはりカメラの方が使い易い。写真はHDD(ハードディスクドライブ)に全部コピーし、必要な写真をピックアップして仕事に使っていた。その結果として未整理の写真が多量にHDDに溜まっている。

 現時点、仕事を辞めて3年経っている。そろそろ仕事の写真も整理が必要だった。私はデータを保存しているHDDをパソコンに接続して、写真の整理を始めた。

 しばらくフォルダを開いて写真を確認していた。懐かしい写真も多くあり、当時の記憶が蘇ってきた。作業自体は時間に追われることもなく楽しかった。(なんだこれ?)
私は不可解なデータを発見した。タイムスタンプだと2013年の正月明けだった。

***

深大寺バス停
 1月10日AM5時、夜明け前の時間だ。俺はバス停まで歩いていた。
東の空が朝焼けで茜色になっている。茜色は徐々に暗くなり頭上にはまだ星が瞬いている。バス停は植物公園の森の中を通る道沿いにある。公園は北側になるので、まだ森は暗かった。黄泉の世界との端境のような場所だった。
(寒いなぁ)

 寒さのため、俺はマフラーに顔を埋めて歩いていた。
嫌な気配がした。顔を上げると突然目の前に土方ジャンパー姿の男がいた。(何時出てきたのだ。何故俺の動線に立ちはだかる)
その男の後ろにバス停があった。
(邪魔だ。突き飛ばしてやろうか)
仕事が重なり寝不足の俺は苛々モードだった。

 男は頭を垂れているため前髪が顔を隠しており表情が見えない。
(気持ち悪い、やっぱり避けよう)
俺は男を避けてバス停へ足を運んだ。丁度男の真横を通っていた時だ。
「それでいい、いい選択だ。でも今度会ったらぶち殺すぞ」と唸るように言うと男は俺の腹を刺した。
(やられた!)と思ったが違った。ナイフではなかった。そいつの人差し指と中指が俺の腹に食い込んだ。腹筋はかなり鍛えていたが、(痛いぞ)

 顔を見ると、髪で隠れた目が現れて俺を睨み付けた。
ほんの数秒だったが、全く手を出せなかった。男は手を引っ込めると、背を向けて歩き出した。

 制御不能な怒りがこみ上げた。(ふざけるなよ!)
俺は足元にあった手頃な石を拾うと、その男の後頭部に叩きつけた。頭が潰れる感触がした。そして男が倒れた。
男の倒れる音と同時に後方からエンジン音が聞こえた。ライトも見える。バスが来たようだ。

 バスに乗ると、客は俺1人だった。車内はまだ暖まっておらず寒かった。バスの運転手はマスクをしたオッサンだったが、先ほどの出来事に気づいてないようだ。それとも知らぬふりをして通報済みなのか、(どうでもいい)俺は居直り寝たふりをした。

 途中のバス停で客が数人乗り、何事もなくバスは駅前に着いた。俺は普通に降りたが、警察官に取り囲まれることも無かった。(この件は忘れよう)
俺は仕事に集中することにした。

***

 東北新幹線を郡山で降りて、磐越西線に乗り換えた。郡山駅では既に雪が舞っていた。喜多方駅を過ぎると、寒さで車窓が曇ってきた。外は真っ白だった。

野沢駅

 野沢駅に着くと、駅員兼主婦みたいなおばさんに切符を渡す。
待合室には既にストーブが燃えていた。不完全燃焼で待合室が臭い。
ストーブの横のベンチにスーツ姿の小太りの熊のようなオッサンが座っていた。
「おはようございます」
俺は挨拶した。既にお昼を過ぎていたが、朝の挨拶をする。これが合い言葉だ。
「来たか、では行こう」オッサンは立ち上がった。外に出ると雪は止んでいたが、町は真っ白だった。

駅前

 雪道をもくもくと歩くオッサン。その後ろ姿を追っているが、意外に早い。(雪道なのに何故だ。靴も革靴だろう)
後ろから車のエンジン音がしたので、オッサンから目を逸らす。車はタクシーだった。視線を戻すと、何時動いたのだろか、オッサンは既に100m程先にいる。(なんで?)

雪道

 これは追いつきそうもないので、俺は走った。走っていると、どうしても体の奥から耐えがたい衝動が湧き上がってくる。(我慢出来ない)
俺は両手をついて走り出した。雪の上を飛ぶように加速する。オッサンが目の前に迫ってきた。ジャンプしてオッサンを飛び越えた。更に加速する。
「待って!」突然声が聞こえると、俺は4つ足を雪に食いませて止まった。

「伏せ!」俺は雪の上に伏せた。頭は両腕の中に埋め込んでいる。
オッサンが近づいてきた。
「よし」その声で俺は立ち上がった。
「おい、まだ町中だぞ!」オッサンが怒鳴った。
「すみません」

 国道に入り暫く歩くと、山に向かって1本枝道があった。
「ここだ」とオッサンがその枝道の先を指指した。道は雪で埋もれている。そして道の脇の雪山の上に大きな看板があった。
「霊域 犬山祇神社」

 
俺は看板を見上げて言った。
「ここですか」
「そうだ。お前、あれは持ってきているか?」
「ハイ」
俺はパーカーのポケットから縦横15センチほどの巾着を取り出した。オッサンはそれを受け取ると、中から小さな像を取り出した。

鬼大師像

 オッサンは手の平にその像を乗せた。
「お前、これが分かるか?」
「鬼大師」
「そうだ。深大寺の鬼大師だ」そう言うと小さな声で呪文を唱えて、息をその像に吹きかけた。像は浮き上がり犬山祇神社のある山の上に向かった。

 「行こう、あいつが神社の結界を開いている時間は10分程度だ。もう開放していいぞ」
「わかりました」
俺は変身して、雪の坂道を駆け上がった。しかし、先ほどよりスピードが出ない。気づくと背中にオッサンが乗っていた。
「あの、重いのですが・・」
「バカ、間に合わないぞ、走れ!」
俺はオッサンを途中で振り落とそうしたが、頭を叩かれて断念した。

 鳥居の前に着くと、大きな黒い鬼が、大股を広げて立ちはだかっていた。その股の下を俺は4つ足で走り抜けた。その際、オッサンは頭を鬼の股間にぶつけて、鳥居の前に転がった。
俺はそのまま鳥居を抜けた。目の前の本殿に飛び込めばいい。

 しかし、ここで邪魔が入る。本殿の両サイドの大きな狛犬が動きだして、俺を阻んだ。狛犬の先祖はライオンだ。だから攻撃力は凄い。しかし所詮猫で持久力はない。俺は境内を逃げまくって、疲れて攻撃が散漫になった時、本殿に飛び込んだ。

 飛び込んだ先は真っ暗な空間だった。そのままもの凄い勢いで落下、または上昇していた。上下の感覚が消えている。徐々に雲の様な霧に包まれる。霧が濃くなるにつれて温かくなってくる。そうなると眠気が襲ってくる。(まぁいいか)俺の人間としての意識が消えた。

***

 「おい、おきろ」
目をさますと、男の顔がアップになる。
「わぁ!」
「あのさぁ、いきなり俺の目の前で倒れるし、驚いたのはこっちだ」
「すみません」私は立ち上がり謝った。
「大丈夫そうだな」そう言うと男は去っていった。
この土方ジャンパーの男、どこかで見たような気がする。(まぁいいや、頭は痛いが、気分は軽い)
後方からエンジン音がした。振り向くとライトも見えたバスが来たようだ。

 バスにのってから俺はスマホを取り出す。昨日、娘から貰った御守りシールだけど、何故かスマホに貼ってあった。何時貼ったのだろう。
御守りシールには鬼の絵が描かれていた。
娘からは「身代わり御守り」と聞いていたが、鬼の顔に違和感を感じた。
(誰?)

 その鬼の顔は「俺」だった。そして、衝動が私を襲う。
バスが急停車した。運転手が何か叫んで、扉を開けて外へ逃げ出した。
俺は素早く動き、開け放った扉から外にでる。「ウォォォォン!」森から遠吠えが聞こえた。
俺はその遠吠えに向かって走りだしていた。

鬼大師像
調布市の深大寺に所蔵する元三大師(がんざんだいし)像の胎内仏だった秘仏「鬼大師(だいし)像」 鬼大師像は高さ約十五センチ。比叡山延暦寺の中興の祖として知られる平安時代の僧・元三大師(良源)が鬼に変化(へんげ)した姿として伝えられる。制作年は不明だが、寺は江戸時代のものとみている。

深大寺

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