俺の中学生日記1 Have You Ever Seen The Rain
1970年代の中学生の話、久住ブラザーズ(BBQ)の漫画「中学生日記」が大好きだ。地元なのでさらに親近感がある。
久住昌之さん、ご存じののように「孤独のグルメ」の原作者で、私と同世代だ。この漫画にインスパイアされた「俺の中学生日記」は少し大人っぽくなっている。自分の「痛い時代、黒歴史」だ。
「Let it be」
俺が中学2年生の時、1970年だ。ビートルズの最後のシングル盤「Let it be」が発売された。俺にとってビートルズは絶対ではなかった。団塊の世代後、価値観が多様化しだした時代だった。
その頃、俺の中学校にも番長がいた。しかし、ちばてつやの漫画に出てくるような格好いい番長ではない。あくまでももどきだ。
そいつは亀のような顔をした筋肉質の男で、目つきは悪い。名前は山田という。平凡だ。
顔と同様に本物の番長のような品位はない。俺も何度か嫌がらせを受けているが、サッカー部の先輩に山田の従兄弟がおり、この先輩もマイク・タイソン見たいな顔と熊の様な体つきだが、俺は後輩として可愛がってもらっている。それが嫌がらせの防波堤となっていた。
その山田、何故だかこの「Let it be」がいたく気に入っていた。子分にピアノを弾ける奴がいるので、中学校の廊下の片隅に置いてあったアップライトのピアノを使って、昼休みに「Let it be」を弾かせていた。
しかし、伴奏だけでは物足りないのか、クラスの野田に、「お前、明日までに歌を覚えてこい」とビートルズより南沙織が好きな野田を脅す。
「てめぇ、ちゃんと覚えてこいよ、おい、これレコード」とレコードまで渡された野田。これでは逃げられない。
さて翌日の放課後、野田のリサイタルが開かれた。
豪華、ピアノの伴奏で「Let it be」を歌う野田。
「声がちいせぇよ!」
さらに歌詞を間違う度に「初めから歌え」と脅す山田。
必死に涙目で歌う野田。そして、なんとか歌いきる。
「お前、上手いな」山田が涙目の野田を褒めた。
野田はこれで解放されると思ってニッコと笑う。だが人生は甘くない。
「明日から毎日聞かせろよ」また涙目になる野田だった。
その後、噂を聞きつけた生徒が放課後の野田のリサイタルに集まるようになり、一緒にハモるやつも現れた。そんな訳で、何故か俺も「Let it be」が歌えるようになっていた。
英語は全く分からない俺、意味も知らないが歌えるようになっていた。
「 Have You Ever Seen The Rain 」「VENUS」
あの頃、テレビでは歌謡曲しか放映しない、ロックを聴くにはラジオしかなかった。しかもAMラジオだ。FM放送の音楽はほとんどがジャズかジェットストリーム、3分で寝てしまう。
USAヒットチャートはFEN(米軍の極東放送)でチェックする。そんな時代の中学生だった。
月曜の放課後だった。クラスの斉藤が、「新しいレコード買った。最高だぜ。聴かせてやる」と言って近づいてきた。俺は部活もあるし(サッカー部)、別に聴かせてもらわなくっていいと断る。
それでも「最高だから、聴けよ」としつこい。苛ついた斉藤は隣にいた野田にいきなりヘッドロックをかけた。
「痛ぇー」野田がうめく。
「行かないと、もっと絞めるぞ」野田が涙目で俺を見つめる。
どうせ音楽室は鍵がかかっているはずだ。それで斉藤も諦めるだろう。
「わかった。行くよ」
斉藤と俺、ヘッドロックをかけられた野田も一緒に音楽室へ向かった。斉藤が音楽室のドアに手をかけると開いた。ついてない。これで確実に部活に遅れてしまう。
斉藤は音楽室に入ると野田に、「オイ、さっさっとドア締めろよ」と言い、自分は備え付けのターンテーブルにレコードを乗せた。
音楽室の大きいアンプから「ぶっち」というノイズがした。その後ギターのイントロが始まる。なんか渋い、絞り出すような歌声が大音量で音楽室に響いた。
「おい、音でかくないか」と俺。
「馬鹿、家じゃ、でかい音で聴けねぇだろう」そう言うと斉藤はさらにボリュームを上げた。そして最近覚えたディスコのステップで踊り出す。スピーカーからは哀愁を呼び起こす歌声が聞こえる。
斉藤のダンスはどうでもいいが、歌はいい。俺はレコードジャケットを手にとって見た。
「雨をみたかい、CCR」
「おい、野田、踊れよ、最高だろう」斉藤は「雨をみたかい」をいたく気に入っていた。
いつの間にか、嬉しそうに野田も、たこ踊りを始めた。その時、隣のクラスの青田が廊下に見えた。青田は身体も態度もでかく、すでに髭が生えており、どんな中学にも必ずいるオヤジ中坊だ。
青田は、大音量に気づき、でかい態度で音楽室に入ってきた。
「なんだよ、もう一回かけろよ」態度はでかいが青田は音楽好きだ。
斉藤がまた針をレコードに落とした。
「お、CCRか、いいね」兄貴のいる青田、その影響で洋楽には詳しい。
「CRS?」野田が馬鹿な事を言うと、青田は「CCRだ。CRSだと暴走族だろう」と言って野田に蹴りを入れた。ノリノリの斉藤、今度は机の上で踊っていた。
レコードが終わると、青田は野田を睨んでいた。蹴りにびびった野田はまた涙目だ。
「お前のLet it be 良かったぜ」と青田は野田を睨んだまま言う。野田はまだ涙目だったが、嬉しそうに言った。
「ありがとう」
「じゃ、俺が一発やってやるよ」そう言うと青田は楽器庫に入り、ガットギターを持ち出した。ギターを持って机の上に斜めがけで腰掛けると、太い指で、いきなりギターをかき鳴らした。
「ジャラン ジャラン ジャーン!!」
「お、ショッキングブルーのビーナス」と俺が言うと、さらにビーナスのイントロを3回繰り返して弾き、あっさり終わった。
「これしか出来ない」青田はそう言って頭をかいた。
ギターなんて学校でたまに誰かが、「禁じられた遊び」を弾いているぐらいしか見たことなかった。だから俺にとって青田のギターは衝撃的だった。ガットギターが凄く格好良く見えた。
「よーし、俺もギター買うぞ!」
その後、部活をサボった俺は、家に帰ってから、お年玉の残りの金を持って、近所の質屋に向かった。そして鉄弦のちょっとレトロなギターを3000円で買った。
「まずはビーナスだな」
しかし「バッコ、バッコ」という音しか出ない。これは前途多難だぁ。でも、これで女にもモテモテだと妄想は膨らむ。
結局、このギターは3ヶ月後、ネックが折れた。ついでに俺も心が折れてギターは止め、そしてまたサッカー少年に戻っていた。