土曜の夜はオートバイと彼女 1974年夏 10(LAST)
第二話 東名ESAの暴動
ESA:東名高速 海老名サービスエリア
9月の土曜の夜
9月の最後の土曜日、学校は半ドン(午後の授業がない)だ。
高木は授業が終わると、腹が減ったので、ナナハン(CB750)で近所の定食屋、成城食堂へ向かう。店に着くと、斉藤くんのサンパン(CB350)が店の前に止めてある。
引き戸を開けて店に入ると、コの字型のカウンター席、それも8席しかない、その席の端っこで、斉藤くんが焼き肉定食を食べていた。
「おー高木、飯か」斉藤くんが手を振る。
高木は横に座り、ハムカツ定食の辛子大盛りを頼む。
「飯だけど、斉藤くん何故ここにいるの」と高木は言う。
「リナの所に行ってきた。俺、結婚する」珍しく真っ当な行動を取っている斉藤くん。
だが。高木は心ここにあらずという感だった。
「そうか、頑張ってね」
「なんだよ、おめでとうじゃないのかよ」
「おめでとう、で、あのさぁ」
「何だよ、亜子のことだろう、あの日、お前なんかやっただろう。あの日以来、亜子もなんか暗いぞ」
「・・・・・」高木は俯いた。
「高木、お前、やっちまったのか!」
「いや、出来なかった」
「なに!」驚く斉藤くん。
「斎藤くん声がでかい」
「そうか、まあいいや、でも、また会ってやれよ、あいつ、お前に惚れてるよ」
「うん」高木はうなずいた。
時代の岐路
高木は昼飯後、自宅に帰り、ひと眠りした。
この頃から高木達の生きる世界では、不穏な空気が漂っていた。
時代の移り変わる節目が来ていた。学生運動の吹き荒れた1960年代後半からついに1970年代も半分が過ぎ去り、市場経済の世界が大きな流れとなって、高木達を巻き込んでいた。
「大卒で金持っていれば勝者!」
高木の気持ちも、どこに向かっているかわからないでいた。
そんな気持ちに左右されて何もしないのでは、とことこん駄目になる。ともかく勉強だと叱咤し、高木は机に向かった。
集中出来ないときの時間の経過はとてつもなく遅く感じる。それでも過ぎていくのが時間の不思議だ。勉強に集中出来ないまま、時計を見るとまだ午後11時半だ。
高木は気晴らしに、ケンちゃんのレッド・ツェッペリン号(ラーメンの屋台)へ行くことにした。
秋も深まり夜は寒い。高木は防寒もかねてフルフェイスのヘルメットを着用、上着にMA-1をはおり、グローブとジーパンとバイクブーツの出で立ちでナナハンを駈っている。
高木はナナハンでルート20(甲州街道)を走りながら。異変に気づいていた。
(今夜は族が少ない。何処に集まっているのだろう)
事件勃発
甲州街道と環八の交差点間近で、20台近いバイクが止まっていた。高木はそこに赤のスイングトップのミツを見つけた。ミツが手を挙げたので、高木はミツのCB500の横にナナハンを止めた。
「高木、お前も海老名か?」と角刈りのミツが言う。
「いや、今日は海老名なのか、俺はラーメンを食いに行く」
「そうか、その方がいいぜ、今日は戦争だってさぁ、馬鹿らしいから、俺達は止めた」
「戦争・・」高木は自分の居場所もおかしくなってくような感じがした。
「死人がでるかもなぁ、後、ポリ公にもばれっている。結構やばいぜ」
「そうか、面倒くさいなぁ」この話を聞き、高木はもう潮時だと思った。
「じゃあ」と言うと高木はナナハンを道路へ戻し加速した。
混乱
高木にとってケンちゃんラーメン久しぶりだ。亜子のあの件以来、足が遠のいていた。
「ラーメンね」高木が言うとケンさんが顔を上げた。
「あれっ高木くん、今日は海老名に行ったんじゃないの?」驚いていた。
「行かないよ」
「まあいいけどさぁ、さっき、斉藤と亜子さんが、高木が海老名へ行ったとかで、慌ててバイクで出ていたぞ」
「えっ、俺はここにいるけど」高木は気持ちがざわつく。
「いやさぁ、少し前に、ゴジラみたいな顔した男が、ここでラーメンを食いながら、お前が海老名へ行ったとか言っていた」
「ゴジラと言えばおそらく西川でしょう」
ケンさんの話は続く。
「その時、たまたま居合わせ、亜子さんが、その話を聞いたとたん、斉藤くんを家から引きずりだして、バイクで出ていた」
「あの口が軽いガセネタ男。ところで二人は何時出ました?」
「30分位前だ」俺はさらに気持ちがざわつき、(これはやばい兆しだ。行くしかない)
「ケンさん、ラーメンキャンセル」
高木は直ぐにナナハンに跨がると、東名高速の用賀インターへ向かった。
東名高速へ入る前
時間的に道路はタクシーだらけだった。高木はタクシーを動くパイロンのようにかわして走る。いきなり横のタクシーが幅寄せしてきたので、足でバックミラーをたたき割り、フル加速で逃げる。
高木は苛立っていた。
環8の用賀インター近くの路肩で手を振る男がいた。西川だった。
西川に気づいた高木は、ブレーキターンをして逆走し、西川のバイク横にナナハンを止めた。
「お前、なに言ってんだよ!」と偉い剣幕の高木に驚く西川。
「え?今から海老名じゃないの」ととぼけたことを言う西川。
「行かないよ、それどこ情報だよ、それと斉藤くんはどこ?」高木はナナハンに跨がったまま叫んだ。すると「ここでーす」と後ろから声がした。
振り向くと、斉藤くんと亜子さんがいた。
亜子さんは高木の顔を見ると、しゃくり上げて泣き出した。
「いいなぁ、色男は」斉藤くんが言う。
「ホントいいなぁ、高木はよう」とゴジラ西川も言う。
「高木は、基本団体行動苦手だから、後から来ると思って、なあ、俺の言った通りだろう」と斉藤くんが言う。
高木は話が見えなかった。
高木は取りあえずナナハンのエンジンを止めてバイクから降りた。
メットを脱いで、亜子さんの所に行くと、思い切り抱きつかれた。
「あっ、いいなぁ」西川。
「一体全体、わからない・・」高木は亜子さんに抱きつかれたまま言う。
「お楽しみのところ悪いが、俺らも西川以外はラーメンを食べてないんだ。ケンさんのところへ戻ろう。高木、亜子は任した」斉藤くんはそう言うとヘルメットを一つ高木に手渡した。
「亜子も何時までしがみついているの、帰るぞ」とつれない斉藤くん。
時間はすでに午前1時。夏は過ぎ、亜子さんの香りと一緒に秋の夜の匂いがした。砧公園のキンモクセイの香りを嗅いだ気がした。
危機は去る
4人はケンさんのレッド・ツェッペリン号(ラーメンの屋台)で、ラーメンを待ちながら話をしていた。西川はまたラーメンを食べるようだ。
「高木、今日はかなりやばいぞ、お前が来る10分前にかなりの台数のバイクと車が高速に入っていった」と斉藤くんが言う。後を続けて西川が話す。
「スペクター、ルート20とか、凶器持っていたよ、ヤバいよ、お前さぁ、俺らがとめなかったらバックのチームもいないし、やられたよ、死ぬよ」
「西川、俺は全く行く気はなかった。それに受験生だぞ」と高木は言う。
「あっ、そうなの」
高木はそんな話は既にどうでもよかった。隣に座る亜子さんから漂う香りに気を取られていた。まるで秋の黄金、キンモクセイみたいだ。
夏の終わり
4人はラーメンを食べながら、事の顛末をお互いに確認した。
実は、ケンさんの友達が神奈川の交通機動隊にいた。
その人から今日、大がかりに捕り物があるという話をケンさんが聞いたそうだ。
それをケンさんがラーメンを食べに来た亜子さんに話し、そこにたまたまラーメンを食いに来た西川が、高木は今日海老名へ行くとか適当な事を言った。
それを聞いて慌てて、亜子さんは、斉藤くんを呼び出して、高木を止めようと用賀インター入り口で見張っていたそうだ。
「結局、犯人はお前か」と高木が言うと西川はお得意のゴジラ顔でとぼける。
「悪い、でも、結果、良かっただろう」と西川は亜子に目配せする。高木は西川の頭をはたいた。
そんな高木と目が合うと亜子さんは顔を赤らめた。それを目ザクと見つけた齋藤くんが言う。
「お前ら、最近、なんかあったろう、あれしちゃったとか」ますます亜子さんの顔が赤くなる。高木は斉藤くんを無視して、ケンさんに聞いた。
「その警官ってだれですか?」
「もうひとりのケン、中村健太さんだよ」横から斉藤くんが言う。
「いいねぇ、お前ら」とケンさは言う。
ケンさんは、椅子に座ってタバコに火をつけた。煙が夜空に溶け込んでいく。
そう言えば、今日はレッド・ツェッペリンのBGMが流れていない。
「ケンさん、今日はBGMなし?」高木が言う
「うん、まあなぁ」と言うとケンさんはタバコを吹かした。
月曜日の朝刊の地方版に、こんな記事が載っていた。
1974/10/5 「東名高速・海老名事件」
東名高速道路・海老名サービスエリア駐車場に集結していた「デビル」約100人を、木刀、角材、鉄パイプ火炎ビンを武器にした「連合チーム」約100人で襲撃。6日朝、暴力行為の疑いで18人を神奈川県警が逮捕。
第二話 東名ESAの暴動 終わり