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福生ブラザーズ F&B

3年前、ジェイクが突然逝ってしまった。残されたエルウッドとしては、
「ちょっと、早くねーか」
ジェイク(本名ハジメ)、満65才、ステージ1の癌の手術の為に入院、手術は成功。でも入院中に心臓発作で死んでしまった。
その亡骸をエルウッド(ケンジ)とコウジは2人で見ていた。
「ケンジさぁ、なんか顔が違うような気がする」コウジは独り言のように言う。
「ようやく大人になったんだろう」とエルウッドが答える。
「なんよだそれ」
「俺もわからん」
人はいつ大人になるのだろう。エルウッドも既に62才になっていた。

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20世紀末、ケンジ、28才、まだエルウッドになっていない。
土曜日の夜、1年前に会社を辞めて独立した三つ年上のハジメから電話があった。1999年9月だから、自宅の固定電話に電話があったことになる。
「お前さぁ、トラックに乗っていたよなぁ」
「うん、まだあるよ」
ケンジはモトクロスレースをやっていたので、バイクを運搬するため、ダットサントラックを持っていた。
「ちょっと、お願いだけど福生まで来てくれないか」
時間は夜の9時を回っていたが、飯をおごるという話なので、ケンジはトラックで福生へ向かった。ここ調布から1時間もかからないだろう。

新築の一戸建ての前でトラックを止めたケンジ。この家はハジメが株で儲けた金で買ったものだ。ケンジは先週の休日、会社の同期のコウジと無修正のビデオをここで一晩中観ていた。

玄関が開き、ハジメが出てきた。
「悪いな、なんだぁこの太いタイヤは!」
ケンジのダットラ(ダットサントラック)はカスタム化しており、銀メタラメ塗装とアルミホイール、幅広扁平タイヤ仕様だ。水銀灯の下で光輝いていた。
「福生に似合うでしょう」と思わず言葉にするケンジだった。
「そうか?」今一ピンとこないハジメ。
「グッと来ませんか、ハジメさん」
「来ない」
「まあいいかぁ、それでなにをすればいいんですか」
「ちょっとさぁ。シンセサイザーと幾つか荷物を運んで欲しいんだ」
話としては、この家で同姓していた女とハジメが最近別れ、家にある女の私物をその女の家に運ぶこと、それが今回の用事だった。破局の原因はハジメが言うには女の浮気だ。

昭島市に女の家はあった。
平屋の一戸建、実家のようだ。到着した時、家の灯りは既に消えていた。
「どうします?」と聞くとハジメはトラックから降りた。そして荷台にまわり、その家の庭にシンセサイザー、鞄、靴などなど次々に放り込んだ。
「ケンジ、エンジン止めんなよ」と言うとハジメは玄関のチャイムを何度か鳴らした。
静まりかえった家にチャイムが鳴り響く。玄関の照明が点くとハジメはダッシュでトラックに乗り込んだ。
「行こう!」
ケンジは車のアクセルを踏み込んだ。幅広扁平タイヤがキーっと悲鳴を上げる。

帰り道、暫く経つと、助手席のハジメが泣きながら話しだした。
「お前さぁ、ありがとうなぁ、こんなことを頼める友達がいなくってさぁ、ぐす」
「いいですよ、気にしないで下さい」
「しかし、いい女だったんだよなぁ、左の乳首が陥没してんだけどね、俺は医者で治せと言ったんだよ」ズーズーっと鼻をすする音がする。
「はぁ、そうですか」
「お前使うか」ハジメは手持ちの小さな鞄から、コンドームの束を持ち出した。
「使えよ、俺は当分いらないから、うぅうぅ、高級品だぞ」
「いや、いいです。それより、腹が減りました」
「そうだった、おごるぞ、米軍基地西口近くにあるディニーズがいい、そこへ行こう」ようやくハジメの顔が笑い顔になり、車の窓から入り込む夜風に吹かれて言う。
「ケンジ、この車、福生に似合うな」
腕時計を見ると深夜+1分だった。

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2000年問題もたいしたことなく過ぎ、忙しい日々を過ごす間に、ケンジも30才となった。某一流企業の中堅技術者として責任も重くなった。また後輩を指導する立場となっていた。つまり大人になっていた。
そんな9月のとある土曜日の午後、久しぶりにハジメから電話があった。自宅近くの公園へ呼び出された。

待っていると、公園横の道路にセンスの悪い黒いカローラがやってきて止まった。窓から
「おーい、俺だ、車を買ったよ」とハジメの声がする。
近づいて、運転席を見ると、黒いスーツと黒いサングラス、黒の棒ネクタイを締めて、頭には黒の中折れ帽をかぶった男が座っていた。
「これからはジェイクと呼んでくれ兄弟」
「ブルース・ブラザーズ??」
「そうだ。エルウッド」
「頭、大丈夫ですか、ハジメさん」
「ジェイクだ、とにかく横に乗れよ、ドライブするぞ」
エルウッドになったケンジが乗り込むと、車はゆっくりとスタートした。
「随分慎重ですね」
「悪い。免許取り立てなんで」
「ハジメさん、いやジェイック、俺達って十分大人ですよね」
「当たり前だろう、それより、またバンド、バンドをやろうぜ」
「それって、神のお告げですか」
「そうだよ」
またディニーズに向かう2人だった。

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