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 21世紀少年 Awakening 1(俺の中学生日記)

プロローグ(中学生日記5)
My Sweet Lord - George Harrison

 布団から顔を出して、壁の時計を見るともう11時だ。ちょっと寝過ごした。何時もの日曜日より起きる時間が遅い。寒いと思いつつ布団から出て、窓のカーテンを開ける。
外は雪だった。雪の降る日は静かだ。だからよく眠れたのだろう。今日、外出予定の俺にとって、雪とは想定外の天気だった。
 
 季節は2月下旬、小学校の同級生だった菊池の葬式に出るため、駅前にある教会まで、の中を歩いた。葬儀は2時からだ。こんな天気だと何を履いていけばいいか困ってしまう。俺は一足しかない黒い革靴を履くしかなかった。その靴に雪が溶けて水がしみこんできた。分厚いフィールドコートの下は黒いズボンに白のワイシャツ、紺色の丸首セータを着ている。
 
 菊池とは小学校の5,6年生の頃同じクラスで仲が良かった。でも俺は地元の中学校へ行かなかったので、小学校卒業以来会ってない。部活で忙しかった俺、町で偶然すれ違うこともなかった。
 教会の祭壇で菊の花を棺桶に入れた時、顔を見たが、悲しさより菊池がすでに存在しないことが不思議だった。記憶の中からは何時だって菊池の顔を思い出せる。だが、それも何時かは記憶の果てに消えてしまうだろう。時間は止まらないバイクのようにアクセルを開けっ放しで過ぎ去っていく。
 
 参列者は菊池の中学校からの友達がほとんどであった。知らない顔ばかりだ。葬儀の後、同窓会のような気分で皆連れだって降り続く雪の中を去って行く。

 教会のエントランスで俺は雪の中に出て行くのを躊躇していた。
「ケンジ、ねぇケンちゃんでしょう?」振り向くと、やや小柄な女の子がいた。当時は珍しいブレザーの制服にネクタイ姿、手には紺色のコートと白いマフラーを持っていた。

 「久しぶり、由紀だよ」思い出した。由紀だ。彼女は小学校の同級生だ。
「どうした、大阪にいるはずじゃ?」由紀は母親が再婚したために、中学校に上がる年に大阪へ引っ越したはずだ。
「うん、色々あって、今は東京のおじさんの家から学校へ通っているの」
「そうか、でも、やっと知っている顔を見たので嬉しいよ」
「私も」短い髪、笑うと左の頬にえくぼが出来る。昔と変わらない。
「寒いし、お茶でも飲まないか」
「いいよ、行こう」
 
 二人で傘をさして、俺の行きつけの喫茶店に向かった。振り向くと雪が積もった教会の十字架に明かりがついていた。しばらく見上げていると、
「いい人だったよね、菊池君、もうすぐ卒業なのに、お母さんの顔を見られなかった・・」と由紀がつぶやく。
俺はうなずいて歩き始めた。
 
 二人で傘をさして雪の中を歩いていると、記憶がどんどん蘇ってくる。
「由紀、あのさぁ、昔、こうやって二人で雪の中歩いていたことなかった?」
「え、私も同じ事を思い出していた。5年生の頃、友達の家のクリスマス会に呼ばれて、一緒に雪の中を遊びながら歩いて帰ったことでしょう」
 
 俺と由紀は幼なじみである。彼女が住んでいたアパートは俺の家の近くにあった。当時は由紀の家は母子家庭で、小さい頃から、よく弟の面倒をみていた。気が強くおてんばだった。
「雪の積もった真っ白な畑の上を走り回って、長靴も服もびしょびしょになった。思い出したよ」僕は懐かしい気持ちに包まれて言った。

 「そうだね、ねえ話は変わるけど、ケンちゃん、部活とかやっているの、それと髪の毛だけど長くない?」俺は5月の修学旅行の後も髪を伸ばしていた。
「サッカー部だよ」
「えっ、なんか似合わないね」
「そうだな、でもキャプテンだ」
「えーっ、本当に。格好いいね。ケンちゃん格好いいよ」
雪の日に由紀と会う。俺は笑ってしまった。
「何、笑ってるのよ」
「いや、なんでもない」
その後、雪が二人の沈黙を包み込む。
 
 「着いたよ」と言うと由紀は我に返ったような顔をして、目の前の喫茶店を見つめた。
ここは想い出の入り口である。由紀もようやく気づいたようだ。
「どうする、入る?」由紀は俺の顔を見ると、あの魅力的な片えくぼを浮かべて言った。
「いいよ、入ろう」
由紀が古ぼけた木製の扉を手で押し開けた。

 喫茶路(ろ)
 店の中に入ると、むっとするほど暑かった。俺と由紀は直ぐにコートを脱いだ。店内は薄暗くタバコの煙で曇っていた。家具類は全て木製で長年の使用で飴色になっている。左側にカウンターがあり、4人掛けのテーブルが2つある。その壁よりの一つに俺たちは座った。

 髪を三つ編みにした高校生くらいのアルバイトの女の子が水を運んできた。
「ホットを2つ、いいよね」由紀はうなずいた。
「誰か来るの?」由紀が言う。
「誰もこないよ」
「そう」
その言葉が合図のように、頭上のJBLのスピーカーからMy Sweet Lordが流れだした。

☆☆☆☆
Neil Young - Heart of Gold
5年後、喫茶路(ろ)

 俺の前に20才の由紀が座っていた。
俺はハイライトに紙マッチで火をつけ、由紀を見つめた。歳をとった分さらに綺麗になっていた。あのとき告白してればよかった。

 「由紀、あの話だが、いつ聞いた?」俺は問いかけた。
「ぐっさんから昨日電話があったの、菊池君が何故亡くなったかを説明してくれて、その後その話を聞いたわ、巻き込まれたくないなら来なくてもいいって言っていた」
 
 コーヒーが運ばれてきた。俺は吸っていたタバコを灰皿にもみ消して、コーヒーを飲んだ。
「その時、ケンちゃんが来ると言うことも聞いたの、だから会いたいと思って、お葬儀に行くことにしたの」
「つまり、わざわざ大阪から来たってことか」その問いに由紀は微笑むだけだった。

 俺は考えた。昔の由紀のままであれば、当然彼女も見る権利はある。
「わかった。だが、これは誰にも言うな、3人の秘密だ」
「いいよ」由紀がまたあの片えくぼで微笑む。
そして昔のままのJBLのスピーカーからはニール・ヤングが弾くマーチンD-28の振り絞るようなフレーズが俺の周りを駆け巡っていた。

 その時、冷たい風が背後から吹き込んできた。由紀の視線が俺を通り越し後ろを見つめる。その顔が強ばっている。俺は振り返った。入り口のダウンライトの下に黒いコート姿の男が二人いた。一人は山口(ぐっさん)だ。

 もう一人、くわえタバコの男がいた。そいつは俺と由紀を交互に見ると、タバコを右手に持ち言った。
「よう、お二人さん、ひさしぶりじゃねぇか」金髪に染めた長い髪と銀フレームのメガネかけた顔がにやつく。
 「ケンちゃん、やばいね」由紀の言うとおりだ。一番かかわりたくない男がそこにいた。

 再び喫茶路(ろ)
 菊池の葬式から2時間たっていた。もう葬式関係者はここにもいない。俺は由紀に尋ねた。
「なぁ、あいつ菊池だった?」由紀が掴んでいるコーヒーカップが震えだした。こぼれ落ちるコーヒー。
俺は彼女の手を掴み、静かにテーブルへコーヒーカップを戻した。
「安心して、ここには誰もいない」由紀は目をつぶり深呼吸した。
「そうだよね」
「俺も気づいた、あれは彼奴じゃやない」
由紀は黙って頷いた。
由紀から視線を外すと、あの三つ編みの女が由紀を凝視していた。俺の視線に気づくと奥の厨房へ消えた。
「出よう」
「うん」
俺達は雪降る街へ歩きだした。

 大きな東電のビルで死角になる四つ角を曲がったとき、おれは由紀の手を握って走り出した。
「どうしたの?」
「走って、全力で」俺は由紀を雪の中引きずり走った。
振り向くと後ろから静かに男が追ってくる。雪が音を吸収して足音が消える。静かな追跡。

俺は立ち止まり、座り込んで雪を丸めた。
「由紀、雪玉を作って」
その男が3mまでの距離に迫ってきた。
俺は雪玉を男へ投げつける。胸に当たる、2投目は顔に当たった。
男の足が止まった。男も地面の雪で雪玉を作りだした。その顔にまた俺は雪玉を当てた。

 男も雪玉で応戦してきた。
男の投げた雪玉が由紀の体に当たる。
「痛いなぁ」由紀も雪玉を投げる。
男が両手を振った。
「参った降参だ。俺だよ。ケンジ、俺!」と叫ぶ。
由紀が驚いて声をあげた。
「ぐっさん!」
「そうだよ」俺はおかしくて大笑いする。
その顔に由紀が雪を押しつけてきた。
「もう、腹が立つ」
「ごめん」由紀も山口(ぐっさん)も笑い出した。笑い声は降る雪の中に消えていった。

 俺達はまた喫茶路に戻った。
前には由紀と山口(ぐっさん)が座っている。
俺はあの女の行動が少し気になったので外へ出たのだった。俺と由紀が路を出ると、思った通り、三つ編みの女も店をから出てきた、そして俺達の後ろを歩いていた。
やはりなんらかの関わりがある。俺は走ってみた。追ってきたら捕まえてやろうと思ったが、なんと振り向くと山口が追ってきていた。

 「なんで、お前がいる?」その問いに憮然として山口は答えた。
「俺は少し遅れて、菊池の葬式へ行ったんだ。教会には親族しかいなかったよ。その後、お茶でも飲もうと思いここへ向かったら、お前達が店からでてきた。声をかけようとしたら、いきなり走り出した。それで追った。それだけだ」
「その時、女を見なかったか?」
「いや、気づかなかった」
「そうか」山口の話に俺は少し違和感を覚えたが、特に何も言わなかった。
「女って、ケンちゃん、なんの話?」
「いや、俺の勘違いだ。忘れてくれ」

「コーヒーをお持ちしました」顔を上げるとその三つ編みの女がいた。
俺はその女の顔を見つめたが、顔色一つ変えない。あれは俺の妄想か。
「失礼します」と言って女はバックヤードに消えた。

 そんな俺を見て山口が口を開いた。
「気になるのかあの女」
由紀の視線が痛い。
「いや、なんでもない」山口が話を続けた。
「それで、どうする。20才まで待つか、それとも菊池が亡くなった今、掘り出して遺品として家族に渡すか、俺はどちらでもいいけど」
「それって、タイムカプセルのことだよね」由紀が言う。
「そうだ、俺達が夏休み埋めたものだ。まだ半年しか経ってない」山口が言う。俺はそのカプセルを埋めた日を覚えている。それは戦慄する出来事の後だった。

☆☆☆☆

21世紀の夜明け Hiroshi Sato - Awakening

 2000年1月1日、俺は川崎のビル23階の窓から、初日の出を見ていた。晴天で眼下の多摩川は朝日でキラキラ輝いていた。
「結局、たいした事なかったなぁ」隣で外を眺めている情報設備担当のオッサンが言う。
「そうですね」
ITというものの本質をこの時点で見た思いだった。そんな不毛な21世紀の朝を迎えた。

ダラス 元教科書倉庫ビルの前の道路

ダラス
 それから月日は経ち9月、俺はテキサスのダラスからシカゴ、ミネアポリスからマディソンまでの予定で出張旅行をしていた。アメリカはITバブルで景気もよく平和だった。

 ダラスの午後1時、9月初旬気温は40度近い。湿度がないので、日陰ではそれほど暑さを感じない。
俺はダラスのダウンタウンにある、元教科書倉庫ビルの前の道路、1963年11月22日、このビルの6階からパレード中のジョン・F・ケネディに向けて発砲され暗殺された場所を歩いていた。

 「ヘイ!」大声が聞こえた。
そちらへ顔を向けると、銃声とともに左の耳を何かが擦っていった。
それと同時に俺を後ろか押す手があった。
「逃げって!」言われるままに走ると3度ほど銃声が聞こえた。目の前の舗道が銃弾で砕けた。
「乗って」目の前にあるフォードワゴンの後ろの席に押し込まれると、女も続けて乗り込みドアしめる。フォードは急発進をして走り出した。

 隣に座った女がハンカチを手渡してきた。
「血を拭いて、死ぬところだったよ」日本語だ。今気づいた。どうやら日本人のようだ。俺はハンカチで左耳をふく、そのハンカチを見ると血で真っ赤に染まっていた。
「大丈夫?」
「うん、痛みはない」

 車は2時間ほど郊外を走り、途中ガソリンスタンドで給油し、その横にあるバーガーキングに寄った。
車には俺と若い女と男の3人が乗っていた。どう見てもこの二人は20才位にしか見えない。
テーブルに着くと男が言う。
「飲み物はどうする」
「ビール」俺は素面ではいられなかった。
「コークでいいだろう」そう言うと男は注文カウンターへ向かった。

 「血は止まったみたいね」前に座った女が心配そうにのぞき込んだ。その頬にはえくぼがあった。なんだろう、俺は既視感を覚えた。
「ああ、大丈夫だ。それより説明してくれ」
「まずは食べましょう、低血糖で苛々しているとろくな事はないわ。私は由紀、久しぶりね」
「由紀」俺はオウム返しにその名前を口にした。
由紀と名乗った女は俺の顔を見つめる。そして悲しげな顔をした。
「ケンジ、老けたね、今幾つになったの?」
「なんで俺の名前を知っている」
「その話は、飯を食ってからにしょう」男がハンバーガーとコークを持って戻って来た、

 「俺は山口だ」その由紀という女の横に座った男が言う。
「お前はケンジだろう、よく知っている、今幾つになった?」
何で俺の歳を気にするのだろう。
「今年で33になる」前の二人が顔会わせて、何か喋ろうと口を開きかけた。それを手で制止して俺は訊いた
「説明してくれ、俺はあんた達、由紀、山口かぁ、その名前が記憶の中にある。それに由紀さんか、君には違う感情がある」その言葉の途中から由紀の目から涙が溢れていた。
「ごめんね、13年も待たせてしまって、本当にごめんなさい・・」

☆☆☆☆
中学生日記6

 俺は中3の夏休みを迎えていた。終業式が終わったその日、私服に着替えて、俺と由紀、ぐっさん、それと菊池で、大関の里親になっている教会の前にいた。
大関は小さい頃両親を飛行機事故で亡くしている。そして今この教会で妹と一緒に世話になっている。
そして菊池、小学校卒業以来、久しぶりに会った。背は高くなり痩せており、銀縁の眼鏡をかけた姿はとても中3とは思えないほど老成していた。
俺達は大関が教会から出てくるのを待っていた。

 暫く待たされて、ようやく大関が大きな伊勢丹の紙袋を下げて出てきた。
「ゴメン、待たせちゃって、今から喫茶店へ行こう、話はそこでする」
「喫茶店、それって校則違反だよ」由紀が言う。
「まあ、いいんじゃねぇか、どうせ今からの話も校則以前の問題だし」
そう言ってぐっさんが笑った。
「行こう」俺は歩きだした。

時間旅行
 目の前に喫茶路(ろ)があった。
大関がドアを開ける。
「いらしゃい」女の声がした。その女の髪は三つ編みだ

 4人が飲み物を飲み終わるのを待って、大関が伊勢丹の紙袋から、真っ黒な直径20センチほどの丸い物体を取り出した。
「これが、タイムカプセルだ」と菊池が言う。その声と顔は老人に見える。
「お前、老けたな」山口が言うと菊池は苦笑いする。
「まぁなぁ、ちょっとした手違いだ。常にその危険性はある」
その時、由紀が膝の上にある俺の手を握りしめた。驚いて由紀を見る。
「ごめんね、ケンジ」
その言葉で俺は目覚めた。

・・・Awakening



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