消えたカラパナ海岸 ハワイ島
2022年5月現在、円安とアメリカの物価高騰で、ハワイへ行くことも難しいと感じる。
もう遠い昔の話になるけど、ハワイ島にロードバイク(自転車)を持ち込み、単独で走り続けてたことがある。
30歳独身、彼女もいない。組織の歯車になっていた私は、これからの人生をどうすべきか悩んでいた。世間はバブル景気だが、末端のサラリーマンには関係ない。アーリーアメリカン、牧歌的な景色が広がるハワイ島、ゆっくりと時間が流れていた。
「このままハワイに住むか、それもいいかも・・」
その日は朝から雨だった。ヒロからキラウエア火山まで向かうハイウエーを走っていた。
大型トラックが横を通る度に、凄い水しぶきと風圧。道路は地味に登っている。
私は眼鏡(度付きサングラス)をかけて走っているので、水しぶきで前が見えなくなり、とても危ない。
モンベルのカッパ、ストームクルーザーは優秀だけど、首から入り込む雨。「冷たい」
朝からの走行距離が100キロを越えた頃。ボディーブローの様に体力を奪っていった登りが終わった。
雲が切れた。雲の切れ間から陽射しが光線になって海と地上に降り注いだ。
太陽が顔を出すと急速に気温が上がった。道路からは湯気が立っている。
海の上に虹が広がった。七色揃った虹だ。
「こんなに色がはっきりした虹は初めて見る」
汗をかき始めた。蒸し暑いのでカッパを脱ぎたい、オシッコもしたい。
私は適当な場所でロードバイクを止めた。
路肩に盛り上がる2m近い黒い溶岩、そこに登った。
カッパを脱ぎ、することをしたら。ようやく落ち着いた。水を飲みたかったが、既にボトルは空だった。
それでも気分はよく、高台から海の方を眺めた。
椰子の木が生い茂る真っ黒な海岸が広がっていた。
生い茂る椰子の木の緑の先に黒い海岸が広がる、そして紺色の海と白い波。その上に虹が広がる。
立ち上る湯気の中に見えた景色。
「美しい・・」
長い間、雨の中を走り続けていた私は、脳内のドーパミンの嵐の中で、一生の内一度しか見られない景色を見ていた。
この1年後、キラウエア火山の大噴火が起こる。
ハワイ島東部のカラパナ地区は溶岩流よって壊滅状態になった。そして美しい黒砂海岸として有名だったカラパナ・ブラックサンドビーチは溶岩で覆い尽くされた。
カラパナ海岸は消えた。
本当に二度と見られなくなった。
Dバック一つの軽装備とクロモリのロードバイク。これで600キロくらい走った。あまりにも田舎で、食事する場所と水の補給に困った。