見出し画像

一つの絵から コールマンのランタンからナラティブと村上隆アート

 自分の絵を説明、ナラティブと書いた方が今風なのかも知れない。私は描かれた絵にまつわる物語を語る。今回はコールマンの古いランタンの話だ。
絵を語るシリーズ第三弾。 三回続ければシリーズと言えるだろう。

では何時もの無駄話から始める。

村上隆さんがナラティブ
 最近観たYouTubeで、村上隆さんが自分の作品が最近はコンセプト重視ではなくナラティブを求める作品となっており、そしてこの転換のトリガーは東日本大震災を経験したからだと話していた。
AI的でコンセプトの塊みたいな人がそう言うのかと私は驚いた。

 ちょっと待ってね、カタカナは受け取り側が曖昧に解釈するしかない、だから定義が必要な気もするので、ここで意味を考察してみる。

コンセプトは仕様書、方向性、基本的概念。
ナラティブは物語、話術、語り、でもストリーではない。だったら一体何?

ストーリー」では物語の内容や筋書きを指します。 主人公はじめ登場人物を中心に起承転結が展開されるため、そこに聞き手はおろか、語り手も介在しません。 一方の「ナラティブ」は語り手自身が紡いでいく物語です。 主人公は登場人物ではなく語り手となる話者自身。

 つまり、一人称の物語。この説明でますますこんがらがるが、取りあえず自分の話としよう。

自分の話
 私にとって、仕事はコンセプト通りに無理矢理動かしている感が昔からあった。私は物語のないプレゼンだけを吠えていた某電気会社の末端に20年ほどいたので、その不毛さが分かる。
 
 私はそこから離脱して、無報酬でベンチャー企業を立ち上げて、運と友達の協力もあり、何とか軌道に乗せて20年。常に物語を語る仕事をしていた。

 一つの仕事で物語が一つ出来る。それを語り信頼を得ていた。起業当初、その未来を信じてくれたユーザーが何人かおり仕事は順調に続いた。
しかしその人達が引退すると、後釜はそんな夢のために利益を害しているという。市場経済主義という所だ。

 クラウド系のシステムを使い、コンセプトに合ったブラックボックスに永遠に金を払うだけとなる。その結果、利益は海外へ流出して巨大なお化けシステム作りに加担する。

 その担い手のインターネット、当初は分散化システムで、相互感の協力で大きな力と物語を紡ぎだし、リスクを分散化していた。
世界の潮流に対して逆らう気もない。
「それじゃあ、辞めます」2021年夏、会社を畳む。

 しかし、その夢を信じてくれた人達とは未だに飲みに誘えば来てくれる。
その当時の苦闘と喜びを語り合える。
まるでNHKのプロジェクトXだ。その物語を紡ぎ出すだけで、楽しく飲むことが出来る。

 アート、漫画、小説、音楽、何でもAIで簡単に生成される。でも、そこにはナラティブはない過去データとパラメータ、つまりコンセプト(仕様書)があるだけだ。

モノの価値はそこにあるナラティブで決まる
 古いレコードのミュージックノートで、その楽曲の物語を読むと、その音楽の価値が自分の中で上がる。サブスクの楽曲はそれがない。そんな話か・・そうしよう。

 昔の車やバイクは今でも価値があり、生き残っている。それはビンテージとしての伝説が自分で語れるからだ。

 今の車は市場リサーチしてAIが生成したような仕様書で出来上がる。そこには物語はなにもない。
耐用年数まで使ったら各種ソフトの更新がなくなる。破棄しかない。

 こんな世界で、村上隆の作品を残すには語るしかない。それが個人の欲なのかどうか知らないが、そう推測する。

 おそらく、震災により、美しい海岸の景色も町も消えた。その風景、昔あった美しい海岸は忘れさられる。しかし、その景色を描いた絵があり、そこにナラティブがあれば、人はその絵に価値を見いだせる。

 そしてそのナラティブが共通だったら、つまり皆同じ物語を見いだせたら、その絵は不変な価値を持ち宝となる。そんな事を感じたのだろう。
(私の勝手な解釈) 

「閑話休題」

コールマンのランタンと焚き火台

コールマンの物語
 1901年、アメリカのカンザス州で創業したコールマン、1903年から自家製ランプを製造した。ガソリンを使っかた屋外ランタンは1914年に発売された。1920年からアメリカではオートキャンプが普及し、それと歩調を合わすようにコールマンは成長していった。
1965年から、ついに総合アウトドアメーカとなった。

 そして、今回絵に描いたコールマンのランタンは、1975年当時のもので型番200Aだ。これは親父の持っていたものだ。

 調布にあった関東村(進駐軍の居住地)、荒井由実の中央フリーウエイの歌詞にある「右に見える調布基地」。
ここで、MPの通訳として働いていた親父が、PX(ポストエクスチェンジ )米軍の売店で購入したものだ。

 昭和40年代の夏休み、まだ空き地や農家の多い多摩の田舎で、このランタンを親父が庭でテストする。
そのシューッという音と明るさに私は驚いた。
すると近所の家々の引き戸がガラガラと開き、エプロンしたおばさんとステテコと腹巻きのオッサンが飛び出してきた。その後子供が続く。

「音が凄いわねー」「関東村で売っているのか!」「眩しい!」と大騒ぎとなった。
親父は慌てて火を消して、二度と使うことはなかった。

 時は経ち1989年、私が貰った時は、ほとんど新品状態だった。
ホヤの曲線と赤色がオシャレな200Aの愛好家は多い。
現在、USEDで3万から5万くらいで手に入るが、今度オートキャンプブームが来ると10万位になるだろう。

 キャンプを経験した子供が親となり、年寄りとなり、そしてコールマンの赤ランタンにまつわる物語を持つ。そしてまた手元に置きたいと思い、その価値が上がる。

コールマンのランタン200A
バーナーのピーク1と200A 共に30年以上経つ

焚き火台 
 焚き火には、コールマンのファイヤーディスクという焚き火台を使っている。これはランタンと違いコールマンの最近の製品、デザインが秀逸で人気がある。
ここには焚き火のシーンを幾つかアップする。

手前がコールマンのファイヤーディスク
焚き火
焚き火

 ファミリーキャンプの時、焚き火は眺めるもの、暖をとるもで、それで料理はしない。料理は炭のコンロとSOTOのガスバーナーを使う。

シシャモを焼いて食っている。炉端焼きだ。


いいなと思ったら応援しよう!