ブルースガール Back to the Music3
サブリミナルメッセージ(東京)
信子の前にいる信子の兄である若い男が言う。
「ジェイクってなんだ?」
「それは無視していいよ」
「わかった。それで?」
「私、沖縄であった事件の理由がわからないの、だからこのまま沖縄にいるのが怖くなり、後は加納先生に任せて、東京に戻ってきた」
「そう言われても、俺にどうしろと?」
「私の感だけど、この事件、兄貴の得意分野だと思うの、だから色々と兄貴にご教授をお願いしたいの、後でご飯を奢るから、いいでしょう、どうせニートで暇でしょう」
「そこは違う、俺はリモートワーカーだ」
相変わらず無粋な口をきく信子だが、基本好奇心旺盛な兄、光太郎は事件に興味をもちつつあった。光太郎は27才だが、見た目は30才過ぎのおっさんの貫禄がある。そして冒険家で大学在学中に日本中の僻地を旅している。また歴史と民族学に詳しい。
「じゃあ、調べるか」そう言うと光太郎は卓袱台の上のノートパソコンを立ち上げ、その反射光で眼鏡が光った。どうやら本気モードとなったようだ。
「おい、起きろ」
「はい!」信子は飛び起きた。
信子はパソコンで調べ物をしていた光太郎の横で寝ていたようだ。光太郎は和風テイストが好きで、6畳の和室の卓袱台にノートパソコンを置いてい作業している。昭和初期の書生の佇まいだ。
部屋はエアコンも効いている畳敷の和室。
モノで散らかってはいるが妙に落ち着く。寝落ちするには抜群な環境だ。
「お前、鼾がうるさいぞ」信子はむっとしたが、ここは兄貴に気をつかった。
「すみません、それで何かわかった?」
「ヨウコさんか、その人がやっている音楽、ブルースだけど、ブードゥー教が大きく関わってくる」
「ブードゥーかぁ、やはりね」
「何だ、お前知ってるのか、まあそれくらいは調べるかぁ」
「うん、それにYOKOさんがライブやっていたお店の名前だよ、それと関係あるのかな?」
「あると思う。ブードゥー教は、アメリカのブルース(黒人音楽)に深く関わっている。ブルースは、リズム、ギターやブルースハープ(ハーモニカ)など楽器の奏法、アフリカの音楽と民族性、奴隷制時代のワークソング、ブードゥー教とキリスト教、奴隷制の歴史に影響されている。
このブードゥー教は南部の黒人たちの民族宗教で、元々は南洋諸島における悪魔を崇拝するブードゥー教から由来する。そして、アメリカの中南部では、日本の藁人形のような呪いの術があることが一般的に知られている」
「もしかして、クロスロードって曲はそれに関わっていたりする?」
信子は映画「クロスロード」を思い描いた。
映画は、主演のギターリストのラルフ・マッチオが、ロバート・ジョンソンの幻の35曲目の曲を探しにいくロードムービーだ。
そして、この映画で語られるブルースの神様、ロバート・リロイ・ジョンソン、彼の「Cross Road Blues」はエリック・クラプトンのカバーでも知られている有名な曲だ。
そのジョンソンの卓越したギター演奏は、南部のとある十字路で悪魔に魂を売り渡して得たものだという伝説がある。
「さすがにブルース好きだな」
「いやー、それほどでもないよ」信子は照れた。
「褒めてないよ。お前みたいな阿呆でも好きな事は勉強するのかと思っただけ」
「はいはい、ねぇ少し寒くない」
「いや、エアコンの温度設定は26度のままだ。話を続けるぞ、クロスロードの伝説は知っての通り、夜中の12時前にとある南部の十字路でギターを弾くと、ブードゥー教の悪魔パパ・レグバが現れる。そしてその悪魔と契約をすると、それからは好きな曲が弾けるようになるというものだ」
「その悪魔ってブードゥー教なの」
「そうだろう」
「わたし、ブードゥーのライブハウスでYOKOさんの歌と演奏を聴いていた時、いま兄貴がいったクロスロードの映像が突然見えたよ」
「そうか、お前、昔からハイコンテクストが起こるから、なにかがトリガーとなったのだろう、一番可能性があるのは、サブリミナル・マスキングだ」
「なにそれ」
「ある曲を逆回転、また遅くして聴くと、全く違った曲に聞こえることがあるだろう。ある音を他の音の音量、周波数を操作することによって、覆い隠してしまう。これをサブリミナル・マスキングと言う」
「それでどうなるの」
「お前は阿呆か、つまりそこにメッセージを隠すことが出来る。そして、お前みたいな変な奴がそれを聴いてしまうと、ハイコンテクストを起こす」
「つまり、クロスロードを見てしまうのか、だったらあれはYOKOさんのメッセージ」
「そうだろうね、そのお店何処にある?」光太郎が言う。
「歩いていけるよ」
それを聞くと光太郎は立ち上がった。
「行こう」
幻のギター(沖縄)
信子が沖縄を離れた翌日、恩納村の小さな民宿で、加納はルーシという典型的な沖縄のおばあの話を聞いていた。
加納は驚いていた。
「つまりお宝とは。オスカー・シュミットが製造していたStellaというギターなのですね」
そのギターはHarmony Sovereign H1260は、レッド・ツェッペリンの天国への階段で使われたギターだ。1990年に行方へ知らずになっている。
「よく知らないさぁ。でもYOKOがそれに関わっているよう。あたしは心配さぁ」
「つまりお金がからむ?」
「そうさぁ、だから心配さぁ」そう言うと、おばあはさらに詳しく話をしだした。
話を聞いた加納は、相当やばい事件に首を突っ込んでしまったと思った。
そしてあのマスターの髭面を思いだしていた。
「あの爺、心臓が調子わるとか、嘘だな」
「加納さん、心臓がよくないのですか」鬼瓦男、山本ケンが心配そうに言う。
「いや、大丈夫です」加納は信子に電話をかけた。
消えたライブハウス
「ここか?空き店舗みたいだぞ」と光太郎が言う。
その横で信子は呆然としている。
「消えている、店が間抜けの殻になってる」
信子と光太郎は顔を見合わせた。
信子のスマホが鳴る。加納からの電話だ。
「もしもし、信子か、俺だ。連絡したいことがある」
「先生ですか、よっかた、私も話があります。今、ブードゥーの前にいるの、でも店には誰もいない、店自体がもぬけの殻になっている」
「そうか、あの爺、逃げたな」
「爺って、マスターですか、逃げたの?」
「そうだ。それよりYOKOさんはシカゴにいるようだ」
「シカゴ!」
そのワードで信子の頭の中には、パトカーで疾走するジェイクとエルウッドとSweet Home Chicagoが渦巻きだした。
「お前シカゴへ行けるか」と加納が信子に言う。
「OK ジェイック」