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Awakening2 川崎から始まるダラス・クライシス

中学生日記6
 俺は中3の夏休みを迎えていた。終業式が終わったその日、私服に着替えて、俺と由紀、ぐっさん(山口)、それと菊池で、大関の里親になっている教会の前にいた。

 大関は小さい頃、両親を飛行機事故で亡くしている。そして今この教会で妹と一緒に世話になっている。
菊池とは、小学校卒業以来、久しぶりに会った。背は高く痩せており、銀縁の眼鏡をかけた姿はとても中3とは思えないほど老成していた。
俺達は大関が教会から出てくるのを待っていた。

 暫く待たされて、ようやく大関が大きな伊勢丹の紙袋を下げて出てきた。
「ゴメン、待たせちゃって、今から喫茶店へ行こう、話はそこでする」
「喫茶店、それって校則違反だよ」由紀が言う。
「まあ、いいんじゃねぇか、どうせこの話も校則以前の問題だし」
そう言ってぐっさんが笑った。
「行こう」俺は歩きだした。

時間旅行
 目の前に喫茶路(ろ)があった。
大関がドアを開ける。
「いらしゃい」女の声がした。その女の髪は三つ編みだった。

 4人が飲み物を飲み終わるのを待って、大関が伊勢丹の紙袋から、真っ黒な直径20センチほどの丸い物体を取り出した。
「これがタイムカプセルだ」と菊池が言う。その声と顔はまるで老人だ。
「お前、老けたな」ぐっさんが言うと菊池は苦笑いする。
「まぁ、ちょっとした手違いだ。常にその危険性はある」
その時、由紀が膝の上にある俺の手を握りしめた。驚いて由紀を見る。
「ごめんね、ケンジ」
その言葉で俺は目覚めた。

☆☆☆☆

小学校の同窓会
 世紀末、大部屋の座敷で宴会とか、今時、頭の固いクソ爺がいる大手の会社でもやらないだろう。しかしも今回は小学校の同窓会だ。20才で小学校の同窓会、これもやらないだろう。これもあのイベントで集まった。そのついでだ。

 俺はあまり知った顔もいないので、1人でビールを飲み続け寝落ちしていたようだ。
寝ぼけている俺の隣から酒以外の香りがする。ミント系の爽やかな匂いだ。
目を開けると女の顔があった。

「寝ていた?」その女は由紀だった。
「あぁ由紀かぁ、イベントの後、ぐっさん達と帰ったと思っていた」
由紀は片えくぼ見せて笑う。髪が長い、片までのストレートヘアーだ。あれショートカットだったような気がする。
「ケンジが可哀想と思って戻って来た。そしたら1人で寝ているから、笑ったよ」
「えーっ、本当だ。まさか支払いは俺に残して、逃げたかぁ・・」
「大丈夫、幹事が払ってから帰ったって、私がお店に確認した」
「そうか、ありがとう」
「それで、復活した?」
「うん、でも何か長い間寝ていた気分だ」
「寝過ぎだよ、時間もあるし、これから何処かに行く?」
質問に答えようとすると、由紀の顔が近づいてきた。その目は漆黒の闇、赤い唇からためらいがちに舌が伸びる。そして俺の唇を軽く舐めた。俺は慌てた。
「誰も見てないよ。私の家で飲む、武蔵新城のマンションだけど」
俺は頷いた。
「じゃあタクシー捕まえよう、今夜は土曜の夜」と言うと、席を立つ由紀。俺は黙ってついていった。

 店を出ると「養老の滝」の看板が品なく輝いていた。
俺は何故だかその看板を何度も見たような気がした。

「何を見ているの?」
「いや別に、ところで今日はなんのイベントだったけ、思い出せないんだ」
「忘れたの、飲み過ぎでしょう」そう言うと、由紀はタクシーを捕まえに国道へ歩いて行った。

 由紀は見かけより引き締まった体をしている。カモシカの様な足を持つ、運動会では常にリレーの選手だった。胸は大きくはないが、俺の好きなタイプの体だった。その乳房が俺の上で揺れている。彼女が腰を動かす度に溶けるような快感が腰に走る。長い髪がその表情を覆い隠している。
「つけなくって、大丈夫?」俺は何とか声を発した。
「平気・・」彼女は更に激しく腰を動かし、俺はたまらず射精してしまった。

 由紀が声をあげて俺に上に倒れこんだ。その肌はきめ細かく肌に吸い付く。絹のような肌触りで少し冷たい。気持ちのいい余韻の中で由紀が独り言を言う。
「お互いが最高の時は100%成功している」
「成功って?」
「えっ、・・・受精だよ」

 俺は由紀を抱きかかえるように座った。由紀とはまだ繋がっていた。由紀のしなやかな足が腰に巻き付いてきた。俺の首に手を回すと唇を重ねてくる。絡みつく舌。俺は蘇った。今度は由紀にのしかかり、ゆっくりと腰を動かす。由紀が声をあげた。その声を聞くと俺は更に激しく腰を動かす。記憶が薄れるような快感の中で俺は由紀の囁きを聞いた。
「ケンジ愛しているよ、元気でね」

☆☆☆☆

21世紀 川崎
 2000年1月1日、俺は川崎にある事務所ビル、その23階の窓から初日の出を見ていた。晴天で眼下の多摩川は朝日でキラキラ輝いていた。
「結局、たいした事なかったなぁ」隣で外を眺めている情報設備担当のオッサンが言う。
「そうですね」
ITというものの本質をこの時点で見た思いだった。そんな不毛な21世紀の朝を迎えた。

 会社で、泊まり込みしたオッサンらとビールを飲んで、ソファーで仮眠していた。起きると、既に日が高い位置にあった。壁の時計をみると12時を回っている。
「寝過ぎた・・」俺は帰ることにした。

 昼めしを食べるにしても、今日は元日で普段通っている店は休みだ。俺はコンビニでサンドイッチとコーヒーを買って、近くの幸公園に向かった。
天気もよく暖かい、ベンチに座ってサンドイッチを食べる。そして缶コーヒーを飲んでいた。

 目の前の砂場で3才位の女の子が遊んでいる。何かを砂で懸命に作っている。母親と思える女が砂場横のベンチに座っていた。髪は長く、うつむいているのでその顔は見えない。
俺の視線に気づいたのか、顔を上げると女と目が合ってしまった。俺の顔を見ると、その女が笑った。そして、片方の頬にえくぼがあった。
女は立ち上がると歩いて俺の前に立つ、そして顔を右に傾けて言う。
「ケンジ、久しぶり、元気だった」驚きはなかった。少し前に別れた気分だった。
「由紀か、俺は何とやっているよ」
「そうみたいね、私を見ても驚かない?」
「何故か、驚きはないよ」由紀は小さく笑うと女の子へ視線を移す。
「よかった、あの子も元気よく育っているから、安心してね」
「えっ?」俺は持っていた缶コーヒーを落とす。
「そう、ケンジと私の子」見つめる目は漆黒の闇。

☆☆☆☆

ダラス・クライシス

 「13年って、なんの話だ」俺はどうしてここで撃たれる。そして記憶に残るこの男女。
「やはり、思いだせないかぁ」
「衝撃が強すぎたのだろう」山口が独り言のように言う。
「時間がないから、掻い摘まんで話すわ」そう言う由紀、片えくぼの顔も彼女の匂いも俺は知っていた。
「そうね」由紀は言いよどみ目を閉じる。目に涙をためていたのか、目尻から涙が頬へ伝っていた。
「10年前、私はケンジ、あなたの子供を産んだわ」
「・・・それって」俺はあの夜を思いだした。
その思い出がトリガーとなって、俺は過去の記憶の波に飲み込まれていった。

 外で車の咆哮と激しくタイヤが擦れる音がした。由紀が叫ぶ声がした。
「伏せて!」
赤いトレノが店のウインドの横に駐まると、サイドウインドが開き、銃撃が始まった。駐車場に面していた大きな窓が砕け散る。まるで光の洪水のようにガラスが飛び散って降り注いでくる。


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