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Life after romance Narita Airport   Morning time 

Narita Airport

 1983年7月25日、蒸し暑い中、トイレでジャンプを読んでいると電話が鳴った。
「おーい、電話だよ!」
返事はない、電話は鳴り続けている。自宅に誰もいなようだ。お袋は買い物だろう。しょうがないので、慌てトイレから出て、手も洗わず電話を取った。

 「はい、もしもし」
「おう、俺だよ、早く電話にでろよ」電話の主は飯山誠司、大学の同級生だった。そして俺は山本浩二、オートバイに人生をかけている男だ。

  「なんだ、お前か、変なときに電話するなよ」
「何の話だよ、まあいいや、明日暇? ディズニーランドに行かない?」
「えっ、ディズニーランド??」
ディズニーランドは今年の4月に鳴り物入りで千葉県浦安にオープンし、女子供の間ではかなり話題になっている。しかし自慢じゃないが、俺はそんな所に行く気はさらさらない。
「いかねーよ」そんなに暇ではない。
「いいのか、ディズニーランドだぞ」
「おお、あんな女子供が行く所に興味ないぜ」と男らしく答えた。
「そうか、せっかく外人の女の子を紹介してやろうと思ったのに、残念だなぁ」
「何!!」俺は慌てた。
「なんだよ、それを早く言えよ、嫌な野郎だ」
「だって女子供は嫌いなんだろう」
「うるさい!何処でも行くぞ」女の子に関しては、常にスーパドライ(超干からびている)だった。

 誠司の話しでは、姉貴のミキちゃんのハワイの女友達が日本に遊びに来ていて、東京ディズニーランドへ行きがっているそうなのだ。
ただ、場所柄、女二人ではかっこ悪いから、男がいるだろうと思い、弟の誠司に白羽の矢が立った。さらにもう一人男が必要ということで俺にお声がかかったのだ。

 ミキちゃんはJALの国際線のスチュワーデスだから、たまたまハワイでその子と知り合い、意気投合して開園したばかりの東京ディズニーランドに行くことになったのだろう。

 「それで、その子幾つだよ、アメリカ人?」俺は質問をした。
「違う、二十歳だってハワイ大学に留学中で、国籍はフランスと香港だって。顔は中国系で、金持ちの娘らしいよ、名前はエミリィだって」と、色々と情報を聴きくにつけ、益々行く気になっていた。
  
 「で、明日何時に何処に行けばいい」
「そうだな、夕方のほうがいいよな?」
「何で夕方?」いやらしい事が頭に浮かぶ。
「エレクトリカルパレードが見られるだろう」
「なに、エロイカパレード?」
「阿呆」
 俺は大学へ通う以外、全ての時間をアルバイトとバイクに捧げていた。だから巷の事は何も知らない。浦島太郎のような男だった。
  
 そんな俺に説明が面倒なのだろう、誠司は簡単に答えた。
「いいから、午後4時に、入り口で待っているから、それと、彼女は英語しか喋らないから」
「えーっ、本当かよ、でもミキちゃんも来るだろう?」
「当然だろう。じゃあね」と電話は切れた。
のっけから楽しい夏休になりそうだ。これを「幸せの予感」という。 

 翌日、天気は最高だが、相変わらず蒸し暑い。
俺は愛車の逆輸入車であるHONDA XL500で、首都高速をぶっ飛ばし浦安に向かった。

 10分前に入り口に行くと、誠司と姉貴のミキちゃんとエミリィの3人は既に俺を待っていた。
ジージャンを脱いだ俺は、ボブ・ハンナのサイン入りのスーパクロスのTシャツにラングラーのジーパン姿であった。靴はナイキだ。

 エミリィは名前の印象と違い、小柄な可愛いらしい子だった。薬師丸ひろ子似だ。いいね。
  
 それに比べてミキちゃん、髪はソバージュで、白地に赤玉のワンピース、赤い口紅、相変わらずの派手さであった。お前はマイヨ・ブラン・ア・ポワ・ルージュ(ツールドフランスの山岳王)かよ。
「何時も、派手だなあ」
彼女を見ると言わずにはいられない。
「ホント? ありがとう。それより浩二君、顔が汚いよ、煙突掃除でもしたの?」
 魅惑的なアーモンドアイで見つめながら言う。
「えっ、本当?」
やばい首都高速は煤煙が凄いのを忘れていた。
「ちょっと、トイレ行く」
「浩二いいよ、行くぞ」誠司が言う。
何か出足悪い。「不吉な予感」
  
 横で、ミキが英語でエミリィに話かけた。
「私は小ぎれいな人が好きなの。エミリィもそうでしょう」
エミリィが笑っている。まさに薬師丸ひろ子の笑顔だ。
しかし、日東駒専でもそんな程度の英会話はわかる。相変わらず性格が悪い。
「おい、早く行こう、俺さスペースマウンテンに乗りたい」
俺の気持ちにも気づかずに、やさしい弟がマイペースでリードしてくれる。
 
 エミリィは、なかなかいい子だった。頭も切れそうだし、小さいながらスタイルも良かった。その辺に関して、俺のチェックは厳しい。
時々俺を見つめるその視線から、彼女も少しは俺を気に入ったみたいだ。そんな気がする。

 それなりに、なかなかの感触を得て当日は終わった。一方ディズニーランドの方はやはりつまらない。
着ぐるみが踊っているのを見て何が楽しいのだろう。それと、ミキちゃんの顔を時折よぎる寂しそうな表情が妙に気になる俺でもあった。

 2週間後、夕方バイト先から帰ると1時間前、誠司から電話があったとお袋が言う。俺は直ぐに誠司に電話した。
「もしもし、俺だけど何」
「実は、ミキちゃんから今電話があって、エミリィが今日ハワイに帰るんだけど、お前に会いたいと言っている。もし行けるのなら成田空港に行ってみないか」と言う。

 飛行機の便を聞くと出発まで後2時間しかない、街は夕刻のラッシュだ。
でもバイクなら渋滞は抜けられる。可能性に賭けるか、俺はXL500を夕闇迫る都会のイルミネーションの中、成田空港まで走らせることにした。4サイクル単気筒の爆音が夜の道路に響く。
 
 ガシガシと危険行為を繰り返し、成田に着いた。かなり際どい走りを続けたが、結局間に合わなかった。少しがっくりである。 
 
 俺はやるだけやった。でも落ち込むなぁ。気分直しに、夜の空港でも眺めながらコーヒーでも飲もうと俺はカフェに向かった。そして、このまま少しブルーな気分にも浸りたかった。

 俯きながら歩いている俺に突然声がかかった。
「浩二君、大丈夫?」
顔を上げるとそこにミキちゃんがいた。スリムのジーンズに白いシャツ。袖をまくっている。何故か大きな赤いトートバックを提げていた。

 「ミキちゃんか、問題ないよ、でもどうして、これから仕事?」
「違うわ、エミリィの見送りをして帰ろうと思ったけど、浩二君が来ると思って、待っていた。可哀想じゃない。だれも待っていなと」
「そうか、ありがとう。本当に嬉しいよ」
「どういたしまして、でも夕食奢ってね」
  
 ミキちゃんは誠司と一つ違いの姉だ。高校時代からよく俺達の遊びにつき合ってくれた。でも俺達の子供じみた行動を馬鹿にすることもあった。
 そんな時、俺は彼女と度々口喧嘩をした。でも、彼女の的確なアドバイスと色々な事をよく勉強している彼女に憧れてもいた。彼女の少々きつい物言いも好きだった。当然あのアーモンドアイもステキだ。

 彼女は、青学の短大を卒業し目標にしていた国際線のスチュワーデスになった。勤めてから3年になる。彼氏も出来たと聞いていた。一方俺は1年浪人し、現在大学3年である。

 カフェから見える夜の空港、まだ離着陸を繰り返している国際便もあった。ハワイかぁ、行ってみたい。

 それほど空腹ではなかったので、二人ともアイスコーヒーを頼んだ。
俺はアドネラリンが出まくりの状態だったが、ようやく気持ちが落ち着いてきた。ミキちゃんも普段より口数が少ない。
そんな思いを見透かしたように彼女が言った。
  
「今日は、残念だったね」
「まあ、いいよ」
「でもね、あの子、ハワイに彼氏がいるはずよ」
「そうだろうな、女の身勝手には、まいるよ」
「なに言っているのよ、偉そうに」
なんだ、いつものミキちゃんじゃないか。俺が反論しようと言葉を考えていると、彼女は急に真顔になって言った。
「ねえ、相談があるの、いい?」俺の「幸福の予感」が消えそうだ。
「いいよ、どうせ暇だし」 
彼女は窓の外の滑走路の夜景に目を移した。
「私、仕事を辞めようと思うの、そして2年間アメリカで勉強する。理由はまだ言えないけど、ある事を実現させるためなの、これってどう思う」

 俺は、せっかく華やかな仕事についたのに、どうして辞めるのか不思議に感じた。それにしてもミキが言えない理由って何だろう。
でもどう生きようと彼女の自由だ。俺は答えた。
「なにが問題なんだ。やりたい事はやってみるべきだよ」
その答えを聞きミキちゃんは笑った。
「そう言ってくれると思った。親しい人に意見を肯定されると気持ちが楽になる」
 「皇帝?」さらに笑ってからミキちゃんは話を続けた。
「それとね、もう一つお願いがあるの」
「今度は、なんだよ?」
  
 ミキちゃんが俺を見つめて言う。
「出発する時、私を必ず見送りに来て、それと日本に戻る時も必ず迎えに来てね、お願い」
何だ、彼氏はどうした。俺でいいのかよ。戸惑ったけど、答えは一つだ。
「いいよ、今日も俺を待ってくれたからね、約束するよ」
「本当、ありがとう」
またミキちゃんは窓の外の夜景に目を移した。そして言った。
「あのね、誰かが待っていると思えば、私って結構頑張れるの。それが好きな人ならなおさらでしょ」
 え、告白! 驚いた、そうか、うれしいぞ。
  
「で、浩二は?」
「え?」
「どうなの」さすがミキちゃんだ。また主導権を握られた。でもかまわない、俺も思い切って言った。
「俺も好きだよ」
ミキちゃんの顔に心からの笑顔が広がった。
「ただ今度は、早めに時間を教えてくれよな、首都高速を飛ばすのは結構やばい」
「いいよ、早めにね」ミキちゃんのステキなアーモンドアイが俺を見つめていた。
「で、帰りはどうする」俺は聞いた。
「これでいい」
トートバックから赤いヘルメットを取り出した。
今度は俺が笑った。
「飛ばすぞ」
「平気よ!」
そうこなくちゃ。まだ夏は始まったばかりだ。

Morning time

1996.11月 朝食 Part1
 静かにベッドから抜け出す。そして素早く服を着る。
彼女はまだ軽い寝息をたてている。
窓の外は朝日で輝く、窓を開けると冷たい空気が流れ込んできた。

 11月も終わろうとしている日曜の朝、僕は寒いキッチンでお湯を沸かす。
朝食はベーコンとトーストとMJBのコーヒーだ。
子供の頃からの習慣は変えられない、朝食はアメリカンスタイルだ。
朝の新鮮な空気の中でコーヒーとベーコンの焦げるニオイ、何ともいえない幸福感に包まれる。

 「いい匂い」
ピンクのガウンをはおった彼女が、いつの間にか僕の後ろに立っていた。
「どうしたの、今日は走らないの?」
腕を前で組み、左に傾けた顔は笑っている。

 「今日は、君がいるからね」
「ふーん」
「素顔だと、いつもながら幼い顔だな」
僕がしゃべり終わると同時に彼女のキックが僕の尻に入る。
相変わらず勝ち気な性格だ。
「痛いな」

 僕はいつものように問いかけた。
「それで、今日はどうするの?」
その問いかけに彼女は少し俯き、目を伏せて呟いた。
「帰るわ」

1990.8月 6年前の夏
 彼女、佑子は僕が25才、サーフィンを生活の糧にしていた頃に知り合った。当時の夏、頻繁に開かれていた茅ヶ崎の友人宅でのガーデンパーティ、そこで彼女を紹介された。

 その時はボーイフレンド連れだった。大体こんなパーティに女の子が一人で来るわけない。

 それでも、彼女の背丈、顔、その仕草、しゃべり方、それと切れ長の目は、自分の理想だった。僕は彼女を目で追っていた。
そして目が合う、そのアーモンドアイが笑っていた。僕はそう感じた。

 人は一目見たときに、その人が好きか嫌いかを瞬時に判断する能力がある。その人中に自分の好きな要素が60%もあれば「好き」となる。
それが80%以上なら「大好き」となる。
これは、遙か昔、人類が厳しい生活環境で生き残るため、出会った人間を素早く敵か味方かを判断するため、身につけた能力だった。
僕はその能力で、恋に落ちた。

 パーティで会った翌日、友達から教えてもらった番号に電話をかけた。
「あのさぁ、突然だけど、今週末サザンビーチに来ないか?」
「いいわよ」
「よかった。思ったとおりだ」
「どうして、どうして私が断らないと思ったの」
「定説を信じていたからだよ」
「ふーん、あなたの話は本当だった。あなたは80%だったわ」

 そして、何度か週末を海で過ごすうちに、彼女の肌の温もりのなかでも過ごすようになった。

1996.11月 朝食 Part2
 「帰るわ」
「そうか」
        ****
 二人の朝、久しぶりだった。
僕はサラダが嫌いだ。でも彼女が好きなトマトサラダを作った。
そのトマトサラダを頬張る顔を見ると、僕が今より幸福だった頃を思い出す。
「なあ、こんな事をしていて平気なのか?」
悪い質問してしまった。でも聞かずにはいられなかった。

彼女の手が止まった。
「平気って、どう言う意味」
「いや・・」
「平気って、そんなわけないでしょ」
彼女は結婚していた。それもほんの3ヶ月前だ。一方僕は3年前に結婚した妻と今は別居中だ。そして、昔住んでいた茅ヶ崎の町に部屋を借りて1人で住んでいた。

1991.8月 5年前の夏
 佑子と別れたのは5年前の夏だった。
はっきりとした理由は思い浮かばない。
僕は若く野心的だった。気楽で怠惰な日々を過ごすことがだんだん嫌になってきた。つき合い始めて1年も経つ頃から、僕は次第に一人で海に行くことが多くなってきた。

 そんな行動とは裏腹に、波間で朝日を見ながら彼女のことを思い出す。
僕の彼女に対する気持ちは前より強いものになっていた。
でも、彼女は僕とは違う気持ちだったようだ。そんなすれ違いが起きていた。

 ある日、彼女が別の男とつき合っている事を女友達から聞かされた。
「冗談だろう?」
でもそれは事実であり、僕はまだ若く、一度は離れた心を繋げられるほど大人ではなく、優しくもなかった。

 そして流されるまま日々が過ぎ、僕は生きて行くための仕事に追われ、
彼女とのことは切ない過去の思い出となっていった。

1996.8月 今年の夏
 そして今年の夏に彼女は結婚した。結婚の日取りと場所は友達から聞かされていた。僕は大人の対応として祝電を送った。
お盆も過ぎたが、まだ熱帯夜の夜。仕事から帰り、僕がビールを飲んでいた時だった。

 電話が鳴った。
「私・・・、誰だかわかる」
電話に出た僕の耳に懐かしい声が響いた。それは佑子だった。
その時僕は妻と別居し、それに関わる色々な処理で、心がずたずただった。だからだろうか、過去に押し込めていた気持ちが胸の中から一気に吹き出てしまった。

 「わかるよ、佑子」
「ねえ、私達どうして別れたのかな?」
「いきなり、そんな話しかぁ・・そうだなぁ」
でも僕は素直に思っていたことを口にした。
「君が僕を嫌いになったからだろう。でも僕は君が一番好きだった」

 電話の向こうの佑子は沈黙していた。
かすかに嗚咽が聞こえた、彼女は泣いていた。
「なあ、どうした。結婚したのだろう」
「ごめんね、ねえ、明日会える?」
「いいよ、日曜日は暇だ。やることないから、朝、走って、泳いでと馬鹿みたいに運動しているよ。だから、身体つきは昔と変わらないよ」
「別に変わっていてもいいよ。気持ちが変わってなければ」

1996.11月 朝食 Part3
 彼女がどうして僕に電話をしたのか、今の旦那との関係はどうなっているのか、質問したい事は山ほどあったが、あえて尋ねたりはしなかった。
そんな事をしたら、また過去の二の舞になる。
でも、久しぶりの二人の朝に、その事を訊いてしまった。
         
 長い沈黙の後、彼女は僕を見つめた。潤んだアーモンドアイ。
「でも、しょうがないのよ。気持ちが押さえられないの」
僕を見つめたまま言う。
「今も、あなたが一番好きなの」
僕は椅子から立ち上がって、窓際に歩く彼女の腕を取り引き寄せた。
そして、抱きしめてキスをした。
3年ぶりのキス、コーヒーとベーコンの味がした。

「あのさぁ」
「うん?」
「一瞬で人の好き嫌いを決める説、あれは本当だった」
「そうみたいね」
彼女が笑った。

もしよければ、同じ流れで短編小説をどうぞ。


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