50年目の七夕 沖縄万座毛 番外2
沖縄へ
羽田空港から1時間半、7月初旬の那覇空港へ到着した。梅雨明けした沖縄は強烈な陽射しで俺を迎えてくれた。
到着ロビーに出ると、短パンにプロレスラー桜庭のSAKUマークのTシャツを着た大柄な二人の男が「ミスター・イケ」という手書きの段ボールのプラカードを掲げて待っていた。岳と山崎だった。
「お疲れ様です」岳はロン毛、山崎は五分刈りだ。
「あいつは?」俺が訊く。
「陽射しが強いので車で待っています」と山崎が言う。二人は二日前に沖縄入りしていたので、すでに十分に日焼けしている。
那覇空港の駐車場にガンメタ色のカローラが待っていた。ボンネットは強烈な夏の陽射しを受けて暑苦しく輝いていた。
後部座席に乗り込むと、助手席に座っていた女が振り向いて言う。真っ黒なサングラスをかけたヨウコだった。
「お疲れ様、まず食事に行きましょう」
岳が運転する車は静かに動き出した。
ルートビア
10分ほど走って、「A&W」という看板のあるレストランで車は止まった。
「え、ファミレス」俺は言った。
「何を言っているんですか、ルートビアが飲み放題ですよ、最高ですよ」と山崎が言う。
ルートビア? 沖縄の新しいビールなのか?
山崎が手際よくLサイズのハンバーガーとルートビアを注文する。
席に着くと、サングラスを外したヨウコも、ジョッキのルートビアをぐいぐいと美味そうに飲み始めた。
岳も運転手なのに飲んでいる。沖縄は酔っぱらい運転に甘いのだろうか、そんな疑問が浮かぶ。
「イケさんどうぞ、美味しいですよ」と山崎が言う。
俺はジョッキを持つと一気にルートビアを喉に流し込んだ。
その途端! 口中にサロンパスの匂いと甘さが広がった。
「おぇーっ」その衝撃の味に俺はむせて吹き出した。目の前にいた岳は、俺の唾液とルートビアを顔面に浴びていた。
「勘弁して下さいよ・・・」岳が悲しそうな目を俺に向けた。
ヨウコは大笑いしている。
「馬鹿じゃないの、岳ちゃん大丈夫?」
「岳、ごめん、想定外の味だ」
この甘いサロンパス味の炭酸水だが、2杯目からは何故か美味く感じる。そして3杯目で虜になっていた。
「そうこなくっちゃ」とアル中仲間みたいなことを山崎が言う。
「じゃあ、行きますか」Lサイズのハンバーガーを1分で食べ終えた山崎が言う。
「では恒例の儀式をやりましょう」続けて山崎が言う。
(儀式?)
ルートビアは儀式に使うような神聖な飲み物なのか、それともトリップ作用でもあるのか、俺はちょっと不安になる。
見ていると、山崎は携帯電話をショートパンツのポケットから取り出した。岳とヨウコも携帯電話を取り出していた。
「イケさんも、持っているなら出して、出して」と山崎が言う。
俺はよくわからないまま、持参したスポーツバックから東京デジタイルホンを取りだした。それを見て山崎が立ち上がり言う。
「皆さん、ワンダートリップ沖縄へようこそ、では、イチ、二のサンで携帯電話のスイッチを切りましょう!」
「イチ、ニイノ、サン、バイバイ!」岳と山崎とヨウコは携帯電話のスイッチを切った。
状況を飲み込めない俺に松崎が言う。
「会社とか家族とか色々なしがらみから抜け出すのが旅でしょう、沢木耕太郎さんも言ってます。だから電話なんぞ出ない!」
何か気に障るが、(その通りだ)
俺も皆に続いて携帯電話の電源を切った。
沖縄でのバトル
食事後、トイレで出す物をだしてから俺たちは店をでた。
そして、車のドアを開けた俺は気づいてしまった。シートにオリオンビール空き缶が何本も転がっている。顔あげると岳と目が合った。
「空港で時間があったし、まぁ喉も渇いたので、飲んでいました」小声で言う。
「まじ、じゃあルートビアのがぶ飲みは酔い覚ましか」岳と山崎はうなずく。当然ヨウコも飲んでいるのだろう。
「はぁー、それはやばいだろう。仕方ない、俺が運転するわ」
「本当、よろしく、じゃあ、私がナビしてあげる」助手席に座ったヨウコが嬉しそうに言う。
そうはいったが、なんだか車のハンドルを握ると俺は気持ちが少し騒いだ。
ようやく本当の旅が始まる。
ガンメタのカローラはさらに暑苦しく輝きながら走り出した。
沖縄本島の真ん中の沖縄道路を北上して、嘉手納へ入った頃だった。
「イケさん、後ろからバイクがズーっと、ついてきていますよ」と山崎が言う。
「俺も気づいていたよ、古いスズキのカタナだ」黒のヘルメットとライダーズスーツ姿のライダーは一定の距離でトヨタについてきている。
「やばいんじゃないすか、なんか銃みたいな」と山崎が言う間もなく、乾いた発砲音が連続で響いた。
リアウインドがいきなり白く曇る。
「やばい」と言うなり俺はアクセルを踏み込んだ。
車のエンジン音が高鳴る。同時にバイクのエンジン音も変わった。その後サイドブレーキを引く。
キューとタイヤのすれる音が重なる。加速途中のバイクはそのままリアにぶつかる、激しい転倒音がする。直ぐにサイドブレーキを離し、加速する。
「後ろ見て」と俺は言う。
「あっ、バイクは転んでいます。もう、後ろはなにもいません」窓から顔を突き出した岳が言う。
しばらくの間、時速100キロ前後で走る。
「後ろが見えない」と俺が言うと、山崎がナイキのバッシューを脱ぎ、それを手でつかみ、ヒビの入ったリアウインドウをたたき始めた。ガラスの細かい粒が道路に飛び散る。
「こんなもんでいいしょう」山崎が言う。
ガラスのないリアウインドを見るとサトウキビ畑が後方に広がっていた。
その向こうに入道雲がもりあがっている。
ヨウコがサイドウインドを開くと風が凄い勢いで吹き込んできた。
「ねぇ、オープンカーみたい」「それで何処へ行くの?」風の音に負けないような大声でヨウコが言う。
俺はハンドルを軽く回す。車は蛇行して、細かいガラスの破片を車の後方へ落とす。ガラスの破片がキラキラ光っていた。
「まずは、海でしょう。ちょっと王椀さんへ連絡します」山崎が笑って言う。
先ほどスイッチを切った携帯電話を取りだし電話をする
「もしもし、王椀さん、山崎です。今から大丈夫ですか」
「はいはい、では其処へ向かいます」
携帯電話を切りながら、山崎が言った。
「カヤック、シーカヤックで海に出られるそうです、恩納村のジェームス邸の前の海岸で待っているそうです」
「よかった」とヨウコは言う。
「良かったって、お前、知っているのか?」
「なにも」とぼけるヨウコだった。
万座毛
シーカヤックで、断崖絶壁の万座毛へ近づく。外洋なので流石にうねりもあり怖い。7月初旬、沖縄の海は梅雨も明けて晴天だった。
俺とヨウコが二人艇に乗り、王湾さんが一人艇に乗っている。
「イケさん、あそこに洞窟が見えるでしょう、波のタイミングに合わせて、カヤックで突っ込んでください」とカヤックを横につけた王湾さんが言う。
万座毛の絶壁の下に真っ黒い洞窟が見える。波も結構あるので、かなり危険だ。後ろに乗るヨウコへ声を掛けた。
「ヨウコ、俺は漕ぐから、艇をコントロールしろよ」
「わかった、準備OK」
「今だ!」王湾さんが言う。俺は必死に漕ぐ、カヤックは波に押されるように洞窟に入っていった。
「見えない」太陽の眩しい場所から入ればそうなる。
「大丈夫、少し目をならしましょう」次のタイミングで洞窟に入ってきた王湾さんが言う。
目が慣れると洞窟内は奥行きが広い。
「カヤックを持っていてください」王湾さんが言うので、オールで王湾さんのカヤックを抑えた。すると王湾さんは真っ黒な洞窟内の海へ飛び込んだ。ライフジャケットのまま洞窟の奥へ泳いでいく。
そして、戻ってくると、手にステンレスの弁当箱みたいなモノを持っていた。
「これが捜し物です」と王湾さんは言う。
俺は王湾さんから手渡されたその弁当箱を又の間に置いた。
「あの話は本当だったのね、これ開けるとどうなるの」とヨウコが訊く。
「光に包まれる、その程度しか知らない」
「そう、それとは別として、ここ、なんか嫌な感じがしない」とヨウコが言う。
「ここは底に幾つか白骨死体があります」それに王湾さんが答えた。
「でしょう、早くでましょう」とヨウコはパドリングを始めた。
俺たちははこの霊魂のやどる洞窟から、カヤックを急いで漕ぎ出した。
マイアミへ
翌日、恩納村の民宿の庭で、俺はヨウコと昼間から島酒を飲んでいた。
「ねぇ、今日は7月7日かだけど、雲っているよ」ヨウコが言う
「そうだな、今年はしょうがない、それと、昨日のお土産を持って、フロリダのキーウエストへ行く」
「えぇ、どこよそこ」ヨウコの質問を無視して、飲むのを切り上げた。
「帰る」とヨウコに言う。
「またね、待っているから」ヨウコは軽く手を振った。
俺は東京へ戻り、会社で仕事の調整をした。
そして9月、今マイアミにいる。
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フロリダ ワニバトル
マイアミから片道 400キロ、山田の運転するGMのミニバンで、アメリカの南の果てのキーウエストへ向かっている。
俺とヨウコと山崎が同行している。野島はホテルで留守番だ。
運転しながら山田が言う。
「先週、大型のハリケーンが上陸したので、道路が川みたいになっています」見ると、いたる所で家や店が崩壊している。道路も水浸しだ。
「湿地帯からワニが民家や道路へ流されているので、ワニがうろついています。大変危険です」と山田が言う。
距離としてセブンマイルブリッジまで20キロほどの場所だった。俺は嫌なものに気づいた。バイクが1台、ハレーのローライダーだ。ヘルスエンジェルスみたいな成りをした大男が乗っている。
どんどんと、GMに近づいてきた。すると背中から、ショットガンを片手で引き抜く、するといきなりぶっ放してきた。
これはまるで、アーノルド・シュワルツェネッガーのターミネーターだろう。
「山田! なんだよ、またか!」俺は叫ぶ。山田はアクセルを踏み込む。GMは加速する。しかしバイクは加速が速い、直ぐに追いついてきた。また銃を向ける。また爆音がした。
「イケさん、何をやったんですか?」疑問を口にする山崎の顔は完全に感情をなくしている。
これは演出の空砲ではなかった。道路脇のパームツリーがぶっ飛んだ。
GMは水たまりを避けて少し進路を変える。そこに運悪く巨大なワニがいた。大口を開けるワニにGMはぶつかった。
車は左側へ横転して、濡れた路面を滑って道路脇で止まった。
隣にいた松崎は頭を打って血をながしている。シートベルトをしてなかったようだ。
「ヨウコ、大丈夫か」と俺は頭の上で開いていたドアから車の外へ出た。
ヨウコも助手席から脱出していた。
「シートベルト様々だね」と俺に言う。
追ってのローライダーが目の前で止まる。ちりちりのロン毛でレイバンのサングラス、切ったジージャンからは丸太のような二の腕が付き出している。俺はシュワちゃんではない。相手が悪い。
「ヨウコ、これはヤバいぜ」
「そうね、走ろう」私達が一歩踏み出そうとしたその時、突然、その大男が前に倒れた。
倒れた男の後ろに山田いた。
「急所を突きました。当分眠っているでしょう、さああなたたちは先へ」と言いローライダーを指指した。
「わかった、ヨウコ、アレは持ったか」
「持ったよ」ヨウコは小さいリュックを背負っていた。
俺はこんな状況で憧れのローライダーに乗れるとは想像もしていなかった。
「いいねぇ、こいつ」少しブレーキが遠いぞ。
「そうね、手足短いし、しょうがないよ。でも相変わらすバイク好きね」
セブンマイルブリッジ
セブンマイルブリッジをローライダーで走る。
「凄いなぁ」俺はヨウコに言う。
まるで海の上を走っているようだ。
このセブンマイルブリッジは旧道が併走しており、その道路が崩落している場所がある。
シュワルツェネッガーが映画で爆破した場所だ。
そこでバイクを止めた。
「どうしたの」
「ここがいい」と俺は言う。海が広がっている。
「そうね、ここなら沖縄より分かりやすいわ」とヨウコは言う。
ヨウコはリュックから万座毛から持ってきた弁当箱をだすと俺に渡した。
「ここに神様がいるとはねぇ」俺はヨウコに言う。
「えっ? 何の話、よくわからないけど」
ヨウコは人にもどっているようだ。まぁショック続きだから仕方ない。
俺はそれを受け取ると、海に投げた。
それは放物線を描き海に落ちた。
「何の意味があるの?」と訊くヨウコ。
「さぁ、当面、七夕は晴れないと思う」
ヨウコがあのアーモンドアイで俺を見つめる。
また記憶がもどっている。
「なるほどね、ふーん、嬉しい」「それで今夜はどうするの」
と言い俺を見つめる。この目で俺はやられて既に10年経つ。
「キーウエストで泊まる。アメリカ最南端だ。ついでに船でキューバへ行くか?」
「いいわね、君、マイアミバイスのドン・ジョンソンみたいだよ」
「ありがとう」俺はドン・ジョンソン気分で再びハレー・ローライダーに跨がった。そして南へ向かった。
50年目の七夕 番外
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