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スマイル(526文字)

「スマイル!」

確か、アメリカのどこかの空港でトランジットのために入国審査を受けた時の話。黙ってパスポートを差し出したところ、審査官にそう言われた。

顔を上げると、明るい笑顔でもう一度言われた。そして、彼の指はそのとき被っていたキャップを指していた。デニム地のキャップには「SMILE」と書いてあったのを思い出し、思わずニコリと笑った。すると、「グッド」と言って、パスポートにスタンプを押してくれた。

たったこれだけのやり取りが、その後、10年、20年経っても忘れられない。一人旅だったから誰と言葉を交わすわけでもなく、きっと無愛想な顔をしていたのだと思う。もしかしたら不機嫌にも見えたかもしれない。でも、その審査官なら誰かに手続きをしてもらうような状況においては、最低限のマナーとして笑顔を作るのだろうな、と感じた。

その時の審査官の顔は既に覚えていないけれど、親しみやすい笑顔と雰囲気が歓迎ムードを醸し出していたことは印象的だった。

独りで歩きながらニヤニヤするのは怪しいけれど、事務的にでも誰かと対峙するときには、せめて拒絶的な仏頂面にはならないよう気をつけたい。それ以来、「スマイル」という金言が頭のほんの片隅にいつも潜んでいて、時折り険しい顔を戒める。

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