動き出した電車に飛び乗った(974文字)
先日、通勤電車の中で
「この電車は前の駅を定刻通り発車しています」
というアナウンスがあった。ギュウギュウの押し合いで乗っている電車、3分おきに走っているのに定刻通りとはなんと素晴らしい運行管理だろう。
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数十年も前の話。
友人とスペインを旅行した。ユーロパスを買って鉄道の旅をしていた。
マドリッドのアトーチャ駅からアルカサル・デ・サンフアンに行くための電車に乗ろうとしていた。
アトーチャ駅は東京駅に匹敵するかと思うほどの大きな駅で、発車時刻間際にプラットフォームを探しながら大きな荷物を抱えて走った。ずいぶん奥にあるホームなんだなぁと思った覚えがある。やっと見つけた時は発車予定時刻を数分過ぎていた。必死に走ったのに…と悔しく思った。
ところが、ホームに入ってみると電車が停車していた。すかさずホームの案内板を見ると、乗りたかったアルカサル・デ・サンフアン行きの表示が出ていた。出発が遅れていたのだった。これ幸いと、念を入れて行き先を確かめようと車両に付いた表示を確認していたところ、なんと電車がゆっくりゆっくりと走り出した。しかも扉は大きく開いたまま。
咄嗟に飛び乗った。まだ走り出したばかりでゆっくりだったから余裕で飛び乗ることが出来た。しかし、当然ながら電車は加速していく。後に続く友人が飛び乗る番になる頃には、飛び乗りを躊躇するほどのスピードになっていた。それでも迷っている間はないので、友人も飛び乗った。側から見ても意を決しての飛び乗りだったと思う。けれども乗れた。乗れたけれども、足が車内の床に着地した瞬間、持っていたカバンと共にヘナリとしゃがみ込んでしまった。
加速を考えれば、後から飛び乗る方が危険に決まっている。ゆっくり悩む暇はないにせよ、自分の勝手な判断で怖い思いをさせてしまった。彼女にしてみればそんなスリルのある旅も楽しかったと後々になってもいい思い出として笑ってくれるが、非常に申し訳ないことをしたと深く反省した。
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そんな昔話を思い出しながら、職場に向かった。日本では1分の遅れをアナウンスで詫びるし、何よりも扉を開けたまま走り出すことは絶対にない。駅員が指差し確認をしたり、最近ではホームドアが設置されたりして、危険から守ってもらっている。当たり前のことだと思っているけれど、ありがたいことなんだと思う。
*画像はイメージです