禍話リライト:予行練習の道
例えば何店舗かあるチェーンのラーメン店に食べに行く時、ドライブがしたいからわざと遠いほうの店舗に行ったり、晩ごはんの買い物をするのにあまり行かない地域のスーパーまで気まぐれに行ってみたりする。
そんなドライブ好きの山田君が、ドライブ行こうよと誘ってきた。
誘われたA君も基本ヒマなので、ほかにも友人たちと適当にドライブに出かけて深夜まで遊びに行くなんてことはよくあった。今回もわりと遠出するのかな?と思いつつ、行き先は山田君おまかせで、ふたりでドライブに行くことになった。
山田君はいつもなら「○○に行くよー」とか、行き先は内緒にして「そっちのほうにうまい町中華があるんだよ」とか話していたのに、今日はやたら口数が少ない。A君がとりとめのない話題をふっても、うわの空でうなずくぐらいのリアクションしかなかった。
「子どもの時なんだけどさ、家族で田舎のほうドライブしててさ」
山田君がふいに子どもの時の話を始めた。そういえば、子どもの頃の思い出話って、山田君からはあんまり聞いたことがなかったな。
「ドライブ好きなのは父親譲りだわ。高速行ってもいいんだけどあえて下道を行ってちょっとしたとこに寄り道するのが好きでさ」
その時のドライブは、どこかの地方の住宅街に入っていって、もう歩道が無いような街灯もまばらな薄暗い道を進んでいたという。運転手のお父さんは危ないからとスピードをかなり落とし、車はゆっくり進んでいたそうだ。
ふと、通りかかったある家の門のところに人が立っていた。
真夏なのに、その人はやたらガッツリ着込んでいるように見えた。子どもの頃はそんなに見かけなかったマスクをしていて、眼鏡もかけて、かなりの重装備のようだ。隙間から覗く顔や髪型の雰囲気、身に着けているものの感じからギリギリ女性かな?とわかるぐらいの人だった。
山田君一家はその人の姿を車の中から見て、
「なんか変な人いるなー」
「人形じゃないよねえ?へんなのー」
と、みんなでちょっと笑っちゃったそうだ。
「それが良くなかったのかな……」
山田君の顔が曇る。
「何かあったの?」
「その後泊まった旅館でもそうだったしさ、旅行を早めに切り上げて家に帰ってもだよ。まったくやんなるよ」
「……何が?」
いまいち、山田君が何を言いたいのかわからない。
「寝てる俺たちを指さして笑うんだよね」
「えっ 誰が?」
「窓の外に立ってたり、ある時なんか枕元に立ったりさ。仕返しだよな。どんな気持ちになるかおれたちに思い知らせようとしてんだよ」
「だから、誰が?」
「その女だよ」
「えっ!?知らない人が家の中にいたってこと?ていうかそれってもうオバケとかそういう……」
「場所はだいたいわかるしさ、謝りに行ったほうがいいのかなって」
会話にならない。山田君は気にせず話を続ける。
「で、実際、前に謝りに行こうとして向かってたら車内で怖いことが起きちゃってさ。結局みんな立ち直れなくなって……家族もバラバラになっちゃった」
怖いこと?家族がバラバラになるような怖いことって……?と考えていたが、ふと嫌な予感がして尋ねた。
「……まさかだけど、そこに向かってないよね?」
────沈黙。
「……違うよね?もう夜だし」
沈黙、かと思いきや山田君は突然声を荒らげる。
「違うよ!!」
そしてこう続けた。
「○○崎さんに「そこには絶対に行くなよ」って言われてるんだから」
○○崎さんて誰だよ……とは思ったが、おそらくそういう[怖いこと]について相談していた人でも居たのだろう。山田君は行くなよと言われたことを不服に思っているようだが、行き先が違うならもうどうでも良い。
A君は黙った。
山田君はなおも話をやめない。
「……こないだドライブしてたらさ、ちょっと行ったところにそこに似た道があって。そこ、すごく良く似てるんだよ。もうすぐ着くよ」
似ている場所……?行ってどうするというのだろう。
車はどんどんひとけのない暗い住宅街に入っていく。
山田君は進むにつれ変にテンションが上がっていく。
「ほら!ここらへんの門の飾りがすごい似てるんだよね!あとこっちの駐車場の入り口のとこに付いてるマークがさ、そっくりなんだよ!」
そう教えてくれたポイントは、どこの住宅街にもあるようなものばかりだった。A君は返答に困った。
「あ、この家の2こ向こうだ。スピードゆっくりにするよ。いや、似たところだから予行練習なんだけど、覚悟がちょっとできてなくてさ、おれは下のほう向いとくからA君が確認してくれよ」
A君が返事をする間もなく、その家の前をゆっくり通り過ぎる。
特に誰もいない。
「……誰もいないよ」
「ほんと?良かった、予行練習できたよ、じゃあ帰ろう」
ほっとしたのもつかの間、ちょっと進んだところで車に《ドン》と鈍い衝撃があった。何か轢いたか?縁石にでも乗り上げたか?
「……おれ、見てくるよ」
A君は外の空気が吸いたいのもあり、すぐさま車から降りた。
辺りは暗く、静かだ。
車の前方でかがんで確認するが特に何かにぶつかったような形跡は見られない。障害物も何もない平坦な道が、ヘッドライトに照らされているだけだった。
「別になにもな────」
言いながら車のほうを見ると、さっきまで自分が座っていた助手席にいつのまにか誰か乗っている。
誰だ?
ヘッドライトを避けつつ目を凝らすと、そいつは自分とそっくりの姿だった。山田君ともう一人の ”自分” がこっちを見て一緒にニコニコしている。
そしておもむろに助手席側の窓がサーッと開いて、運転席の山田君と助手席にいる自分?が声を揃えて
「あ!やっぱりおんなじだー!おんなじだー!」
A君は土地勘の無い場所を走って逃げた。
幸い追いかけてはこなかったが、車の中に財布も携帯も置いてきた。やみくもに走ってたどり着いた小さい公園に公衆電話を見つけ、たまたまポケットにあった小銭で唯一番号を覚えていた彼女に連絡し、迎えに来てもらうことにした。
彼女も状況がわからず、A君の顔を見るまで怯えていた。急に公衆電話から迎えに来てくれ、なんて、やばい不良にカツアゲにでも遭って拉致でもされたのかと戦々恐々だったという。
何より電話口で「助手席におれが居た」と言われてもよくわからない。
「怪我したりしてなくてよかったけど……財布とかどうするの?一応見に行ってみようよ」
「やだよ怖いよ」
「結構時間経ってるし隠れながら見たら大丈夫だって」
2人でおそるおそる山田君の車を降りた場所に戻ってみた。すると山田君の車は既に無く、道の真ん中付近、車の助手席ぐらいの位置に、A君の持ち物が石を積むように重ねて置いてあった。
A君いわく財布も携帯もこころなしかすべてのものがヒンヤリ冷たかったという。気味が悪いので、のちにすぐ財布も携帯も新しいものに変えたそうだ。
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「これが普通の怖い話だったら『山田君はその後、行方不明になったとさ』とかそういうオチがあるじゃん?そうじゃないんだよ」
次の日には、別の友達B君がほぼ同じ目に遭ったという。
A君と同じようにドライブに誘われ、車に乗っていたら《ドン》と何かにぶつかったような衝撃があり見に行くと何もなく、助手席に誰かいる。
「やっぱりだ」というようなことを言われ、B君は怖くてちゃんと見てないが、今思い返せば自分と同じような服を着ていた気がする何者かから、車内に置いていた私物を手渡されたそうだ。
B君はそれを掴むやいなや一目散に逃げてきたという。
そんな ”被害” に、A君やB君と共通の友達が何人か、たてつづけに遭っていた。しかもおかしいのが話の流れは一緒で、ある友人は団地の一角、ある友人は別の地区の公園の近くなど、それぞれ場所が全く違ったそうだ。
山田君はというと、普段は普通に接してくる。
それも気味が悪い。
A君たちは誰も山田君のドライブの誘いには乗らなくなってしまった。
「でも、俺たちはみんな疎遠になったけど、山田のバイト先とか昔の同級生とか、コミュニティはいくつかあるだろうからさ……」
そしてこの話を聞いたOさんはこう言う。
「そんな状況だと、助手席の ”自分” に気を取られて、後部座席に誰かいたとしても気づかないだろうね」
※この話はツイキャス「禍話」より、「予行練習の道」という話を文章にしたものです。(2024/10/12禍話フロムビヨンド 第十四夜)
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