禍話リライト:宿の木の札
「友だちを1人なくしまして……」
こう切り出したA君は以前、友人たちと4人で廃旅館に肝試しに行ったそうだ。小高い山の上のほうにある旅館に、ある日の夕方、車で向かった。それぞれライトもちゃんと完備して、廃墟探検を開始した。
入ってすぐ、入り口の受付カウンターと思われるところに、長方形の木の御札のようなものが等間隔に置いてある。
たまたま4つ、人数分だった。裏表を確認したが何も書いていない。探検に来た記念にと1人1枚鞄に入れた。
訪れた廃旅館はけっこう広く、部屋には床の間なんかもあって、営業していた当時はきっとそれなりの宿泊費がかかるであろう立派な旅館だった。一部屋ずつ見て行ったが特に残留物があるでもなく片付いていた。Youtubeで見るような夜逃げしたみたいな廃墟ではなく、きちんと退去した感じがする。
お喋りしながら進んでいたが、ふと、B君が途中から何も喋らなくなっていたことに気付いた。
「おいB、どうした?なんかあった?」
「いや別に……」
普段あまり気分を表に出さないタイプのB君だが、テンションは明らかに下がっている。今までの会話でも、気に障るようなこともなかったと思うが……。
B君のことはなんとなくみんな気にかけつつ、
「ここ奥まで見たら、もう帰ろっか」
と言って、つきあたりの部屋に入った。
今までの部屋には何もなかったのに、いちばん奥のこの部屋にだけ、床の間に花瓶があった。
「おっ、なんかあるぞ」
ひとりがその花瓶を持ち上げると、カラカラと音がする。
「なにか入ってる?」
さかさにすると、何かがぽろっと落ちた。
「これ、人形の手、だな」
ライトで照らすと、踊りを踊っているかのような角度の人形の手のパーツだった。
「お~、これはちょっと怖いな」
「怖いねえ」
一応肝試しにやってきた甲斐があったな。全員がそう思い、手のパーツと花瓶を速やかに元に戻し、もう帰ろうかというところでB君がいなくなっていることに気付く。
「あれ?俺の隣にいたはずだけど……」
廊下に出てキョロキョロと見回したが、いない。フロアのどこにもいる気配が無い。片付いているとはいえ古い廃旅館だ。もしひとりで移動していたらギシギシと足音がするはずだった。
各部屋にB君がいないか注意しながら外に出ると、B君はもう車に乗っていた。戻るなりB君から
「遅いぞおまえら」
と言われる。
「えっ……いつから車いたの?」
「途中、戻っとくって言ったじゃん。遅いよ~。まあいいんだけど」
B君は探索の途中でなんか具合悪くなったから車戻っとくわ、と言い、みんなもわかった、と返事をしていたと主張する。何か話が食い違う。
あたりがもう暗くなってきていたこともあり、
「……まあいいや。もう行こう」
と話を切り上げ、おなか空いたな、ファミレス行こうと話題を変えた。
廃旅館が見えなくなり、もうすぐ山道から市街地に出るぐらいのところでB君がブツブツと何かを言い出す。
「……これじゃあ、帰れないんじゃないか……?」
A君は咄嗟に
「何言ってんだよ、帰ってるじゃんか」
とツッコんだが、B君はまだブツブツと続ける。
「……これ、ちゃんと、のっとってないから」
何かの ”やり方” に、”則っていない” から、”帰れないんじゃないか” というようなことを、ずっとブツブツ言っている。
ファミレスに到着し、各々食べたいものを注文したが、普段のB君なら頼まないようなものを注文している。他にも、
(Bってこういう風に箸持ってたっけ?)
(こんな食べ方だったっけ?)
というような、B君に対してみんながなんだか違和感を覚えた。
B君を席に残して、ほかの3人でトイレに行った。
「なあ、あいつちょっと変だよな?」
「なんか気持ち悪いよな……」
確認しあったが、どことなく気持ち悪さを感じていることは確かだ。ここはもう早めに解散しよう。ということで話がまとまり、席に戻った。
するとB君が、みんなの鞄を勝手に漁っている。
テーブルに並んでいた料理の皿を乱雑に端に寄せ、必死に何かを探している。3人は絶句して固まってしまい、無言で見守るほかなかった。
探していたのは廃旅館の受付にあった木の御札だった。
2枚ずつの組にして並べ、
「よしよし」
とうなずいた後、テーブルに置いてあったカトラリーケースの中からフォークを取り出し、おもむろにグサッと自分の手を刺した。
「ちょ、何やってんだよっ」
たまらず止めたが、血が出ている。御札に血がかかる。
隣の席のお客さんや店員さんが思わず「えっ」とリアクションしている。
B君はかまわず、御札を割符のようにしてそれぞれに配り、説明を始める。
「これをきっちり○○日間」
「○○の方角に置け」
「置くときは綿を敷け」
「わかったわかった。とりあえず血が出てるからさ、もう行こう」
A君たちは手分けしてB君の手にタオルを巻いてやり、テーブルの血で汚してしまった箇所を可能な限り片付け、お会計も済ませ、周囲にぺこぺこしながらB君を連れてそそくさとファミレスを出た。
B君の家の方向に向かう道すがら、B君はずっと
「下に綿を敷いて、○○の方角に置いて、木の箱に入れて、○○日間……」
と説明し続ける。
「今から緊急外来にでも行った方が……」
と提案するが、B君は
「いやいいから。……もうここでいい」
と途中で車を降り、家ともあの廃旅館とも全然違う方向に、すたすたと行ってしまった。
「行っちゃった……」
「まあ、血はそこまででもなかったし、大丈夫だろ……」
A君たちはその後、とりあえずB君が何度も説明していたルールに ”則って” 御札を保管したそうだ。すると言っていた○○日間の期限の日ぴったりに、B君から全員それぞれに電話が来たという。
B君の一言目が
「本当によくやってくれた。いいぞいいぞ」
と、おそらくきちんとルールを守ったことを褒めている。あの日以来会っていないB君がどうしてわかったのかはわからない。
電話口のB君の周辺からはなにかザワザワと雑音が聞こえる。合間にパチ……パチ……と音がする。
「え、何の音?B、どっから電話してるの?」
返事はなく、B君が電話をどこかに置いたような気配がした。
A君はなんとなく(あの受付に置いたのかなあ)と思ったそうだ。
パチ……パチ……
まばらな拍手?のような音。
いうなれば年を取ったおじいちゃんおばあちゃんが「拍手してください」と言われて弱々しくする拍手のような。
拍手の習慣が無い人が見よう見まねで拍手をやってみたかのような。
裏拍手のような。
「その後Bがどうなったかは言いたくないんですけど……。まあ、友だちをひとりなくしまして……」
※この話はツイキャス「禍話」より、「宿の木の札」という話を文章にしたものです。(2024/09/28禍話フロムビヨンド 第十二夜)
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