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禍話リライト:石鹸の子

授業中に行くトイレは、独特の不思議な雰囲気がある。
校内は静まり返っていて、廊下には誰もいない。

Aさんが小学生の時の話。
Aさんのクラスには担任の先生と副担任の先生がいて、副担任の関口先生は引退間際のおじいちゃん先生だった。
大人になった今思えば、関口先生は教師という職業そのものに対してもう疲れてしまったような、燃え尽きつつあるくたびれた感じがにじみ出ている先生だったと記憶している。

一方担任の山田先生は若く溌溂とした先生だった。
その日山田先生は校外での業務に駆り出されていて、関口先生が一日任されていた。山田先生と違って穏やかな関口先生の授業が進む中、ひとりのクラスメイトの女の子が
「先生、トイレに行きたいです」
と申し出た。先生は
「は~い、行っておいで」
と送り出し、しばらくしてその女の子はちょっと遅いな?ぐらいで戻ってきた。そのこと自体は特に誰も気にしていなかったが、小走りで戻ってきた女の子がちょっとまごつきながら
「せ、先生~」
と、手に何か持っている様子で関口先生のもとに向かった。
「ん?どうした?」
手に持っていたのは、赤い網に入った石鹸だった。

昔の小学校でよくある、蛇口にぶら下げるよう赤い網に入れた状態の石鹸だ。ほぼ新品に見えた。
「これは、どうしたのかな?」
と先生が尋ねると、
「トイレ入って、終わって出たら知らない女の子がいて、『はい。』って渡してきたの」

それは同学年ぐらいの、全然知らない子だったという。そこまで大規模の学校では無かったし体育や合唱はクラス合同でやるので、ほとんどの同級生はみんな知った顔だったはずだ。

その知らない子は石鹸を渡してきたあと隣の個室にサーッと入って、静かになったという。
用を足す時の衣擦れの音も何の音もしない。
ノックしてみようとしたが扉に鍵がかけられていないと気付き、ゆっくり開きそうになった途端怖くなって、渡された石鹸を持ったまま小走りに逃げてきたそうだ。

「うーん、なんだろうね?」
新しい石鹸は学校のどこから持ってきたのかな?その子は誰だろう?と教室が少しざわついた。
関口先生は、教卓とは違って端に寄せてある、先生が使う机の引き出しにおもむろにその石鹸を仕舞ってこの話を終え、淡々と授業を再開した。

今考えれば授業中にトイレあたりをひとりでウロウロしている子どもがいるのはあまりよくないだろう。普通なら他の先生方と話し合って知らない子がどのクラスの誰なのかを突き止めたり、場合によっては外部からの侵入ということで警察へも相談したりするような内容のはずだった。
ところが関口先生は冒頭にあるように何だか疲れている感じの先生だったのもあり、おおごとになるのが面倒くさかったのか、その後特に何事もなかった。


給食の時間になった。
その日はカレーだ。みんなでワイワイ食べていると、ひとりのクラスメイトが気付いた。

関口先生が、カレーをものすごく厭そうな顔で食べている。

え?関口先生カレー嫌いだったっけ?

よく見ると、さっき引き出しに入れていた石鹸を、バキバキにカレーに混ぜて食べていた。気付いた子たちが
「先生がおかしいよ~!!」
と大騒ぎになり、他のクラスの先生を呼び、関口先生は教室から連れ出されていった。

ほどなくして関口先生は引退されたそうだ。
たぶん本来ならもう半年ぐらいは、任期があったのではないだろうか。
Aさんが今でもあれはなんだったんだろう?と思う出来事だそうだ。



※この話はツイキャス「禍話」より、「石鹸の子」という話を文章にしたものです。(2024/07/6禍話フロムビヨンド 第二夜)

禍話二次創作のガイドラインです。


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