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禍話リライト:もやがでる家

A君は大学で、資格取得を目指す真面目なサークルに入っていて、活動内容も資格の勉強を中心に行なっていた。

ある日サークル仲間のB君が浮かない顔をしていたので「どうしたの?」とたずねた。B君いわく、隣の家のおじさんが50歳ぐらいで亡くなったとのこと。気さくな人でB君にも話しかけてくれるような人だったらしく、それで落ち込んでいるのか…と思いきや、B君はこう続けた。

「半年くらい前から、おじさんが自分の家の玄関が写った写真を見せてくるようになったんだ」

その写真は夕方おじさんの家の玄関を撮ったような写真だった。それをおじさんが「もやってないか?」とB君に聞いてくる。確かに若干もやがかかっているようには見えたが、何言ってるんだろう?と思いつつ
「まあ、…若干?もやってるような感じもします」
と答えたそうだ。

それから何日かおきにおじさんは玄関の写真を見せてくるようになった。そのたびに「これはもやってるよね?」「これはどう?」と聞いてくる。不思議なことに、見せてくる写真は日を追うごとにどんどんもやっていった。ついには撮影者が煙草を吸っているんじゃないか?と思うほど煙に覆われている写真を見せてくるようになり、B君もそれに対しては素直に「あーこれは完全にもやってますよ」と告げ、おじさんも納得したように「そっかあー」と返事をした。
おじさんはその翌日に亡くなった。

以前おじさんの家でお爺さんが亡くなった時は普通に人をたくさん呼んで葬儀などしていたのに、おじさんの時は密葬のような形式で家族だけでひっそり行われていた。隣家であるB君の家にもお悔やみのお知らせが来ただけだった。

B君はおじさんが亡くなったのと例の写真が関係あるのではないかと気にしているようだった。B君がおじさんの奥さんに挨拶した時、写真のことを聞いてみたそうだ。すると奥さんいわく、おじさんの書斎に写真が何枚も大量にあったらしい。もやっているような写真もたくさんあったそうだが、生前奥さんや娘さんに見せたことは無かったという。
ちなみに奥さんと娘さんはそれからすぐ、奥さんの実家にしばらく移住することにしたそうだ。
隣家は空き家状態になった。

B君は「あの写真、おじさんが自分で撮ったのか、それとも誰かが撮って送ってきていたのかもわかんないよな?」と言いだし、A君はさすがにゾッとした。

しばらくたったある週末、夜中にB君から電話があった。
「こんな時間にごめんな」
「大丈夫だよ、どうしたの?」
B君から、誰もいないはずの隣家から人の叫び声がする、という相談の電話だった。
「知らない男の人が隣の庭でなんか叫んでる」
A君は思わず「え、何て言ってんの?」と質問してしまった。B君が「聞きに行ってくる」と言い出したのでやっぱりいいよと止めたが、B君は声のする方向に行って確認してきたらしく内容を教えてくれた。

「なんか、わざと周りに聞こえるように『これはもう人の顔でしょう 見間違いじゃないでしょう』って叫んでる…」

近隣の住民が警察を呼んだらしくパトカーが来て通話は終了した。翌朝メールで状況を聞くと、警官が来た時にはもう誰もいなくなっていたので、今後見回りしますという話で終わったそうだ。

翌週、大学ではいつも通りサークルみんなで一緒に資格の勉強をして過ごしていた。その間特にB君も隣家の話はしなかったし、A君からも触れることはなかったが、週の半ば頃にたまたま二人きりになった時、ふいにB君がスマホの写真を見せてきた。

お邪魔したことがあるからわかる。
B君の家の玄関の写真だ。B君が聞いてきた。
「俺も撮ってみたんだけどさ、これ、もやじゃないよね?」

A君は頭が真っ白になった。なるべく冷静に「うん、もやじゃないよ!」とだけ言い、やがて後輩が入ってきたタイミングでそそくさと帰った。そしてもう怖かったのでサークルには顔を出さず、なるべく家で勉強することにした。B君からはそれ以降特に連絡が来ることも無かった。

何日かして、学食でごはんを食べていたら後輩が話しかけてきた。
「Aさんちょっといいですか?…あの、Bさん最近変じゃないすか?」
A君はドキリとした。「え?何かあった?」
「なんか、たぶんBさんのご自宅だと思うんすけど、玄関の写真を見せて来るんですよ。『どう思う?』とか言って。」
「…そ、そっか…」
「その写真、もやっぽいのが写ってたんで、もやってますね~って言ったら、たぶんそう言ったのがまずかったのか別の日もスクロールするぐらい何枚も見せてきて」

ついには、写真を見せながらB君がこう言ってきたという。
「ほらこの3枚目みてくれよ。このもや、顔っぽくないか?」
そしてその部分を拡大しながら「オザワさんにそっくりだよなあ?」と言うので、後輩は「オザワさんって誰ですか?」と聞いた。B君が答える。

「オザワさんは隣の家のおじさんだよ!」

*****
A君はどうしようもなくなって、B君に起こったことを先輩に相談した。
ノイローゼと思われるか、冗談にとられ笑われるかとも思ったが、その先輩はどうやらおばあさんがそういう事象に詳しい方らしく「おそらく病んでるとかいうことじゃなくて…神社仏閣とか、そう言う話の気がする」と親身になってくれた。そして「来週、とある人にB君を会わせてみよう」と段取りしてくれた。

来週には何とかなるかもしれない、と思っていた矢先、騒ぎが起こった。

B君がわざわざ日曜日に大学に来て、ボヤを出してしまったらしい。サークル室にあった冊子に火をつけて、煙が上がったところで警備員につかまった。

火はすぐ消し止められ、たまたま大学に来ていた別のサークルの人たちも協力して取り押さえてくれたらしい。B君は立ちのぼる煙をうれしそうに指さしながら
「完全にオザワさんに見える」「これは○○さんに見える」「やっぱり何か燃えていたんだ」「このもやの形じゃないとだめなんだ」
などと叫んでいたという。

そのままB君は大学を辞めていった。
先輩は「間に合わなかったな」と言った。


※この話はツイキャス「禍話」より、「もやがでる家」という話を文章にしたものです。(2021年2月27日 禍話X 第十九夜)

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