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喫茶フィロスのよもやま #1

勇気ある青年の場合

「喫茶フィロス」の店主は変わり者である。お察しではあるだろうが。普段はレジスターとコーヒー豆の袋の間に頬杖をついて座っていて、たまに客がのぞくとゆっくり立ち上がって空いている席を指す。そして、変わっているのはここからだ。

「お客さん、神様って信じます?」

のれんの「きっさ」の字をかなり訝しみつつ入店した僕が注文したウインナーコーヒーを作るため、こちらを一切見ずにコーヒー豆を粉にしながら店主はそう言った。

「……あ、僕ですか!?」
「そりゃあそうでしょ、本日最初のお客様はあなただし、あたしはここのマスターだし」

どれだけ繁盛してないんだ、いつから店を開けていたのかは知らないけど、仮にお昼からの営業だったとしてももうすぐ16時になるところだぞ。そう突っ込みたいのをこらえ、質問の中身を反芻した。さてはこの店主、宗教家か?入信しなくても、ちゃんと帰してもらえるだろうか。

「いや、…僕は宗教とかはその、あんまり…」
「いやそういうんじゃなくて、ただ単純に神は存在するかしないかって話をしたいだけよ、『宇宙人っていると思う?』って聞かれてるのと同じことだと思ってくれていい」
「…はあ………居はするんじゃないですか、こんなに発展している現代科学ですら解明出来そうにないことって、意外とあるでしょう」
「科学と神を対極扱いするタイプなんですね」

相変わらずこちらは見ずに少し笑った店主に少しムッとして、ややぶっきらぼうな返事をしてしまった。

「だったらなんだってんですか」
「科学も神様が作ったもので、神様の中に包含されているかもしれないのに」
「じゃあなんです、神様が全てだとでも?」
「ああ、因みにあたしは、違うと思う」
「は、ええ、つまり…信じてないってことですか?」
「いや、信じる信じないの前に、『神様』っていう言葉の定義が違うと思う」
「え、ズルい…」
「ズルくないで〜す」

そう言いながら、何故か店主はフライパンを取り出した。そしてこちらに背を向けて、冷蔵庫で何かを探している。

「……あの、店員さん」
「マスター」
「…へ?」
「ここは喫茶店なんだから、マスターって呼んでくださ〜い」
「…………マスター」
「何でしょう」
「そのフライパン、何に使うんですか」
「何って、ご注文のウインナーコーヒーに使うんですよ」

冷蔵庫から取り出したものをこちらへ見せる。業務用の肉の腸詰め、すなわちウインナーの大きな袋だった。

「…って、ウインナーじゃないですか!?」
「ウインナーコーヒー、ご注文でしょうが」

何を言っているんだこいつは、と言わんばかりの眼差しで、店主もといマスターは初めてこちらを見た。

「あの、失礼ですけど、ウインナーコーヒーって何だか分かってます…?」
「ほんとに失礼だなあ…もちろんちゃんと知ってますよ、このウインナーは付け合わせ、いわばおまけです」

半笑いでそう言いながら、マスターは生クリームのパックを軽く振ってみせた。

「おまけ…」
「そ、ウインナー付きのウインナーコーヒー。洒落てるでしょ?」
「な、なるほど…?」
「それでお客さん、長い話に耐性ある方ですか?神様の定義の話、したいんですけど」
「ここまで聞いたらちょっと気になるし、コーヒー飲み終わるまでならご自由にどうぞ…」
「つまり、コーヒーを出さなければお話し放題!?」
「とんでもねえ喫茶店だな!?」

コーヒーに泡立てたクリームを乗せつつマスターが爆弾発言を繰り出したので、つい大きな声が出てしまった。当のマスターは意にも介していない様子で、笑いながらウインナーを皿に移し始めた。

「ふふ、流石に冗談ですよ…はい、ウインナーコーヒーとおまけのウインナーです。それで、そもそも神様の定義というのは…」

ほんとに自由に話し始めたよ、この人。ラジオのように滔々と話し続けるマスターの声をぼんやり聞きながら、とりあえずコーヒーを一口啜る。流行らないラーメン屋みたいな内装に反して、普通にうまい。おまけだというタコさんウインナーもひとつ口にいれる。

「…あ、うまい」
「つまり、神という存在の起源から考えてもそれを作り出したのは人間で…聞いてます?まあ聞いてなくても喋りますけど」
「いや、聞いてます聞いてます」

どうやらマスターは、人間が「神」というラベルを貼って祀り上げているモノと、本当の神的上位存在は別物であろう、という主張をしたいらしかった。

「我々が神だと思っているのは、人間が作り上げた虚像なのではないか、ってことです」
「それじゃあ、神様…あ、本物?のほう、は何やってることになるんです?」
「人間に対しては特になんにもしてないんじゃないですか?人間だって、足元のミジンコのことを気にして歩いたりしないでしょう」
「あ〜…結果的に人間に影響が出るけど、神様は特に人間に何かしようと思ってやったわけではない、みたいな?」
「そんな感じです」

それだけ言って満足したのか、マスターはカウンターの下から飲みさしのコーヒーカップを取り出して一口飲んだ。

「…………」

勤務時間中にコーヒー飲んどるぞこの人。いや別にいいけど、どこまで自由なんだ。クレームとか入らないのかこれ。

「…因みにインスタントコーヒーですよコレ。流石にお客様用の豆は使いませんよ」
「や、自由な喫茶店だなあ…と思っただけですけど」
「店員は私だけですし、休憩無いとやってられませんって」
「客の前で言っていいのかそれ…ってか、僕が来るまでお客さん居なかったんじゃなかったんですか」

少しの間をあけ、いやあ、開店準備とか洗い物とか、ともごもご言ってから、マスターはにっこり微笑んでまた一口飲んだ。どうやら図星だったらしい。

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