「良いこと」を当たり前にできるか
高校生の娘はバスを使って登校することがある。
まず、大きなバスターミナルまで行き、一度乗り換えて高校へ向かうのだが、ある日の登校での出来事を帰宅してから話してくれた。
大きなバスターミナルに着くと、乗り換えのバスまで少し時間があるのでよく近くのコンビニに寄るのだそう。
そのときに階段があるそうなのだが、その階段の近くで白杖を持っている人が階段の登り口が分からずに困っている様子だったそうだ。
その白杖の人のことはバスでの登校中によく見かけていたらしい。ただ普段と違ったのはいつもは介助者が一緒にいるのに、その日はいなかったということだ。
娘は「大丈夫ですか。階段、一緒に上りましょうか?」と声をかけたそう。
すると、「ありがとう、お願いします。」と返事が返ってきたので、「どこでも好きなところを持ってください。」と言うと、「肩を持たせてもらっていいかな?」と言われたので「どうぞ!」と返したそう。
年配の男性だったそうで、他愛ない会話をしながら階段をゆっくり2人で上がったそうだ。
それを見ていた年配の女性が娘に向かって「賢いなぁ、良いことしてるねぇ。」と声をかけてきたそうだ。
きっと、いや、もちろんこの女性は娘を褒めてくれているのだが、娘にはこの言葉が引っかかった。
「良いことじゃなくて、当たり前のことをしています。」と答えたそうで、その女性は面食らったような顔をしていたらしい。それはそうだろう、きっと褒められて喜ぶと思っていただろうから。
階段を上りきると「階段、上れました。ここからは大丈夫ですか?もう少し一緒に行きましょうか?」と娘が声をかけると、「大丈夫。ありがとう。」とのことだったので、「いえいえ、さようなら。」と別れたそう。
そのあと、学校へ到着してから校内放送があったそうで、朝会った白杖の方が高校へお礼の電話をくださったそうだ。
(階段を上りながら、どこの学校に通っているのか聞かれていたらしい)
名前は伝えていなかったので紹介されなかったが、朝の出来事が教頭先生から放送されると、周りの子たちが「すごいね」「誰だろうね」「自分だったら勇気がなくてできない」などと口々に話していて、娘も「そうだね」と話を合わせたらしい。自分だとは言わなかったそうだ。
ただ休み時間になると、1人の男子がこう声をかけてきたらしい。
「さっきの放送、お前だろ。そんなことするのはお前くらいだから。」
娘は、「さぁ、どうでしょう。」と返すと、「あー、もう絶対俺だったらできん!」と悔しそうだったらしい。
自分なのだと言わなくても自分だと気づいてくれる人がいて、嬉しかったようだ。にこにこと話してくれた。
ただ、「良いことしてるね」と褒めてくれた年配の女性にはとても腹が立っているらしく、「良いことっておかしいよなぁ、当たり前のことをしているだけなのに。当たり前と思っていないから『良いこと』になるんだから。」
子供の言葉はまっすぐだ。
困っている人に声をかけて助けるのは、当たり前のこと。
当たり前のことが当たり前になっていないから『良いこと』にされてしまう。
褒められて喜んでも良いのに、腹を立てる娘が誇らしかった。
言わなくても娘だと気づいてくれた同級生の男の子も、娘のことをよく知ってくれていて、ありがとう。
私も娘のように当たり前のことを当たり前にできているだろうか。
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