「ホモ・サピエンスの涙」:私たちの人生のようにつまらなく、時にドラマティックな物語
フィルマークス試写会にて鑑賞しました(ありがとうございました)。
クリストファー・ノーラン監督はCGを嫌いあらゆるものを実際に撮影することに固執するが、本作のアンダーソン監督はこれと対照的に屋外のシーンも含め殆ど作り上げたセットで撮影したらしい。アプローチは正反対だが、こだわりの強さは共通していると感じた。
ケルンに住む人々の営みがワンシーンワンカットで撮影され、短編小説のように数分毎に切り替わっていく。冒頭に登場する(シャガールの絵画がベースだという)愛し合う男女は特別な地位を与えられているように感じられるが、その他すべてのシーンでファンタジーや主観性は排除されており、その証拠に殆ど演出がなく、尺の長さやカメラワーク、語りも、どのシーンにおいてもその内容に拘わらず平等に取り扱われている。作り上げられたセットですべての人間の営みを同情も感情もその他主観的な要素がない視点で描かれる、まるで観客は神のように市井の人々の営みを観察することになる。
親切な映画に慣れているとこの映画に当惑するに違いないが、物語を愛するがゆえのあまりにもはや多くの物語の筋書きが予測できるようになってしまった悲しいシネフィルたちに特にこの映画をすすめたいと感じた。まるでわれわれの生活のように平凡で極めてつまらなく(この理由から映画館でチケット代を払うことを後悔する人も一定数いるのではないかとも感じた)、しかし予測がつかず、時にドラマティックな物語である。
試写会後のトークイベントでは、映画愛を感じる賢く素敵なインタビュアーさんがこころに残りました。小野正嗣さんは奇遇にも訳書(「三人のたくましい女」、とっても素晴らしい小説だった!)をちょうど読んでいたところだったので、彼の思想や知に対して謙虚であるようすの片鱗を見ることができてとくにうれしかったです。