ハードボイルド探偵バネントの日記 vol.8

 火曜日 雨

 あいつがいなくなった。これを読んでいる未来の俺は、いきなり何を書いているんだと不思議に思っているだろう。いなくなったのは俺の同居人だ。未来の俺は、それならなぜさっさと探さずに日記なんか書いているんだと訝っているだろう。俺は今、必死に自分を落ち着かせようとしているところだ。

 ことのあらましを書いて事態を整理しよう。昨日の時点では、あいつはまだ普通に俺のそばにいた……と思う。実際のところ、その辺りは記憶が曖昧だ。より正確に言えば、俺自身の昨日の記憶そのものが定かではない。具体的には、朝目覚めて仕事着に着替えた直後から記憶がない。そして、気が付いたらあいつはいなくなっていた。

 なぜだろうか。このところ、一日がやたらと短く感じたり、あからさまな記憶の空白期間があるような気がする。それと何か関係があるのだろうか。俺の仕事着は、もう謎の液体が付着していない部分を探すほうが難しい。思えば、この液体が増えていくたびに、記憶が薄れていっているような気がする。

 何の話だったか。そうだ、あいつがいなくなった。だが、記憶のこと、液体のこと、そしてあいつのこと。それぞれが無関係だという感じはしない。そういえば、あいつの体からも同じ液体が出たことがある気がする。あいつに会って以来、記憶が曖昧になることが増えた気がする

 だが、それ以前の記憶についてはどうだろうか。そもそも、俺はなぜ、探偵なんかしている? 俺はなぜ、遠い日の記憶はどうでもいいようなことしか覚えていない? 俺はなぜ、あいつが来るまでひとりだった?  俺はなぜ、あいつを受け入れた? 俺はなぜ……


 そうか、分かったぞ。


 未来の俺よ、どんな気持ちでこの日記を読んでいる? 「ああ、あの時は大変だったなあ」とか言いながら、ゆっくりとくつろいでいるだろうか。そうだとありがたい。そうなるように、俺は行く。俺には男として、やらなきゃいけないことがある。

(今週のプリンセス・クルセイドはお休みです)

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