アメリカン・スタジオのボビー・ウォーマック
【過去の投稿です】
<エイス>は度々<アメリカン・スタジオ>関連のCDをリリースしている。最新盤の『ザ・ソウル・オブ・メンフィス・ボーイズ』を購入した。<Pヴァイン>経由なのでレッド・ケリーさんの英文ライナー(ボビー・ウッドの回想含む)を新井崇嗣さんの訳で読めた。スタジオ創設者のチップス・モーマンから、レジー・ヤングを中心としたメンフィス・ボーイズや各ミュージシャン、収録曲に関するエピソードが詳細で、サウンドと合わせて愉しめた。
せっかくなので、何曲か紹介していきたいが、その前にメンフィス・ボーイズの概説を。そもそも彼らは寄せ集めの集団だった。レジー・ヤング(ギター)とボビー・エモンズ(キーボード)が<ハイ>、ジーン・クリスマン(ドラム)、トミー・コグビル(ギター、ベース)、マイク・リーチ(ベース)、ボビー・ウッド(キーボード)が<サン>、後にはダン・ペン、スプーナー・オールダムやボビー・ウォーマックも参加している。因みに「メンフィス・ボーイズ」は、ナッシュビルの音楽関係者が呼称していたもので、本人たちから名乗っていたわけではない。
今回は6曲目に入っているボビー・ウーマックの「ブロードウェイ・ウォーク」を。
Bobby Womack - Broadway Walk
67年<ミニット>からリリース。作曲者は、ダリル・カーター、ダン・ペン、スプーナー・オールダム、そしてボビー・ウォーマックという豪華版。ミュージシャンより<スタックス><ハイ>でソングライターとしての活躍が多かった様子のダリル・カーターは、65年から<アメリカン・スタジオ>へ。67年ボビー・ウォーマックがウィルソン・ピケットと<アメリカン>を訪れた際、ダリルと意気投合。スタジオの居心地も抜群だったとの事。スプーナー・オールダムも合流したばかりで、本チームが成立した。
常にパワフルなボビーだが、本曲は年代のせいもあってか、ヴァレンティノス的にも思える。デビューLPの『フライ・ミー・トゥー・ザ・ムーン』に未収録なのが信じられないとライナーにある。また、レジー・ヤングはボビーのギター・プレイに感銘を受け「私の弾くすべての中に小さなボビー・ウォーマックがいる」と述べている。本アルバムにはマスカレイダースが別名義で発表している曲もある。彼らはダラスが地元だが、<モータウン>のオーディションを受け落選。地元に戻り活動していたが<スタックス>を目指す事にした。<スタックス>に行くついでに<アメリカン>に立ち寄った所、ボビー・ウォーマックとダリル・カーターに遭遇。その時ボビーが「スタックスに行ったら大勢に埋もれてしまう。ここに居たら俺が手を貸すよ」と言ってギターを弾いて見せ、結局<アメリカン>に落ち着く事にしたというエピソードにも触れている。