パブロ君。
一週間続いた長雨は、南米の国々を跨ぐ大停電で幕を閉じた。4か月後に大統領選を控えてのかつてない規模の停電で噂も囁かれる。偶然か必然か停電が起きたのは日曜の朝。街ごと昼過ぎまで寝ているブエノスアイレスはいずれにしても静かなもの。午後には電気が戻り、みな何事もなかったかのように日曜の夜を過ごすもんだからたくましい。
Airbnbで仲良くなったパブロ君。古い廃材を利用して家具を作っている。8年前、ひとり趣味から始めた家具作りと木工教室は今や評判で、毎日どこからともなく人が集まる。みな道端やマーケットなんかから材料を持ってきては、各々頭に描くものを実物にして持って帰る。長雨の週を、私たちは幸運にもパブロ君やその仲間と過ごした。包丁なんて職人か機械が作るものだと思っていたから、生徒のひとりが古い機械歯を包丁の形に切っているのを見て感動してしまった。「あたいも包丁が作りたいっ!!」って言うと、きれいに巻いたたばこをおいしそうに吸いながら「じゃあまずはデザインからだね」とパブロ君。1時間後には実物大のデザイン画が描きあがった。
ノーと言わないパブロ君にすっかりその気にさせられて、一生使えるでっかいやつを!なんても思ったけど、小さいものにしてよかったー!(笑)丸一日研磨して出来上がった包丁は、赤いキャロブのハンドルが手によくなじむ小さな果物ナイフ。勢いに乗って作った革の包丁ケースもやっぱり、かつて誰かの何かの切れ端だったものだ。服も家具もナイフも、味わいと物語をもって蘇る。ここへ来る前、服の修理が上手な母の友人に旅の服も直してもらった。ペンギン模様が気に入りの古いパジャマも気持ちのいいリネンのズボンも、かつてスカートだった青いキュロットも、前よりもっと愛着がある。そこに小さな包丁が加わって旅の荷物が少しだけ重くなった。
雨音が心地いい夜、お礼にカボチャとショウガのポタージュスープをつくった。野菜だけのスープは野菜をこんがりオーブンで焼くかオーブンがなければニンニクと玉ねぎをバターでしっかり炒めてなべ底を飴色にすると、コンソメを入れずにおいしくできる。オーブン焼きのカボチャと人参、玉ねぎとニンニクを鍋に移したら、同じトレイに水を入れ底のキャラメルをきれい削いで汁ごと野菜の入った鍋に注ぐ。しょうがとローリエを加え沸騰したら灰汁を少しとって、わたしはローリエごとスティックブレンダーにかけてしまう。塩コショウと、スパイスを加えてもおいしい。しつこく攪拌していたらパブロ君のスティックブレンダーを壊しかけた。さすがにこれは直せないらしい。誰にでも直せないものはある。よかった、壊さなくて。