ものしりかたつむり
知恵者のかたつむりと知り合った。
裏庭に住み着く家守の紹介だったのだが、なかなかどうして頭がよい。青紫陽花が今年に限って白い理由や、楓を伝う雨水が真水に棲むものの滋養によいなど、ぷつ、ぷつと語り聞かせてくれる。
何かと話をせがむものだから、そのうち自分のことも話すようになってくれた。
兄弟達の中で、卵殻を破ったのは自分が最初だったこと、雨の一滴で溺れそうになったこと、キャベツの甘さが一番好きで、時折、刺激が欲しくて山椒を摘まんだりするなど。
そして、あなたの話も聞きたいと言う。話し上手で聞き上手なかたつむりは、雌雄同体なので、実は恋の悩みを聞くのが一番得意だそうだ。
そう促されてはみたが生憎、相談出来るようなネタがない。
そのうちきっと、大丈夫、そのうちね、と何の根拠もなくどこか暢気に請け負ったかたつむりを、それからしばらく見かけなくなった。
どんなに頭の良いかたつむりでも、鳥にとってはただのご馳走で、いつもなら葉裏の影に潜んでいるのだが、芭蕉の葉にも、山椒の幹にも、どこを探しても姿が見えない。
何処かへ行ってしまったかと、残念に思った折に、紫陽花の葉の上に居るのを見つけた。
今にも崩れ落ちそうな曇天の下、かたつむりの目は出来の悪いカートゥーンアニメのようにぐるぐると極彩色の点滅を繰り返している。
あぁ。
嘆きの息を受けて、かたつむりの角が片方だけ、ぴこりと引っ込んで鮮やかな黄色に染まった。
かたつむりに寄生する虫のせいだ。口から体内に入り込み、卵を産みつけた後、脳を冒し、鳥にかたつむりを食べさせて、より遠い地に子孫を運ばせる。
君は、賢いのに。何故、そんなものを口にしてしまったのか。
悲しみのあまり、詰問口調になってしまった問いに、かたつむりはぐらんと頭を回した。
食べて食べて食べて食べて。
かつて穏やかだった口調は、甲高い声にかき消される。
食べて食べて食べて食べて。
訴えは叫びのようで、耳にしているのが辛くて、象牙色の殻を、摘まみ上げた。
一瞬、地面に叩きつけたい衝動が沸き上がるのを堪える。地面に叩きつけて、靴の踵で踏み、潰して、しまえば声は止まる。けれど。
かたつむり曰わく、雪と競って色を変えたという、青紫陽花の今は白い花塊の上に乗せた。
今にも雨の降りそうな暗さ、紫陽花の葉の上では鳥も見つけ難い。
ここなら、空もよく見える。すぐに、願いは叶うだろう。
さよならと、届かない別れを呟いて、僕はその場を後にした。
見届けることは、出来なかった。