私が【食育脳アドバイザー】になった理由。私が【八百屋】になった理由。その①
さかのぼること、私は20歳で結婚して
21歳22歳で年子で娘を産みました
当時は子供が子供を産んだ感じで
周りからやっぱり早く産んだからと
言われたくない気持ちから
厳しめに育て
がむしゃらに育て、
娘たちが寝ている間に通信教育で
【医療事務】の資格をとりました
すごく、良いところに就職できて
がむしゃらに働いて、
10年が経つ頃…末っ子が産まれました。
産休をいただいて職場復帰
それが、難しかった。
家族の協力は前にも増して心強いものでしたが
私も歳をとっていて疲れては
思うように体も動かず
家族にはご飯を作るけど
ヘトヘトの私は食べる気にもならず
食事も無茶苦茶になりつつあり
いや、なっていたからこそ
私の体も壊れて、、、
最後には、きっとあれは鬱だった
自然と、食卓には出来合いのお惣菜や
○○の素、と混ぜるだけのご飯が並び
食べ盛りの娘たちも
不機嫌、イライラ、生理不順など
少し距離もできていました。
結果、
産後復帰から3年ほどで限界を感じ
14年勤めた病院を退職させていただきました。
そこで私は食事の大切さを知りました。
あぁ、
体って壊れるんだ
怪我や急な病気じゃなく
自分の匙加減で壊れてしまうのか
それって
自分の匙加減で
家族をも壊してしまうのか
子供の体も壊してしまうのか、と
怖くなりました。
食によって、判断力が左右される
食によって、生きることも左右される
大袈裟なようで
大袈裟ではない。な、と。
そんな、波を乗り越えて
末っ子の小学校入学を迎える頃
私はまた頭を抱えていました…
それこそが
【食育脳アドバイザー】の資格をとるきっかけになりました。
その②、に続く。
こんな私情を読んでくださり
ありがとうございます
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その②、頑張れますので…笑